2011年3月24日木曜日

その人が悪いわけではないのだが、「どんな運命やねん…」と言いたくなる人がいる。
普通そんなことに遭遇するわけないだろう…と思うようなことに出くわすタイプの人だ。

同い年、お互いに20代の頃に比べると見た目も中身も丸くなった友人と話していた時のこと。
上記に書いたような経験を一緒にしているので、どっちの運命のせいだ?という議論に。

ぼくがファミレスで経験した出来事で一番驚いた、そして二度と経験することがないだろう事件はファミレス内で乱闘、24時間営業の店が閉店になった場面に出くわしたことだが、その時に彼は一緒にいた。

L字型の店内、ぼくらは通路を挟んでカウンターとテーブルが1列ある方に座っていたのだが、大きなホールの方で椅子が飛んでいるのが見えた。
「ESP?ポルターガイスト?」
その時点で状況を把握出来なかったが、次に聞こえてきた声で事態が把握できた。
「椅子よ飛べ」
ではない。喧嘩の罵声だ。
店員が他のお客さんを外に避難させている。巨峰スカッシュが自分の席に来ていなかったので出るつもりも無かったが、結局出るハメに…他のお客さんに比べ損した気分。
その後警察が来たにも関わらず入口で喧嘩は続いていた。掴み合いというより服の脱がし合いになっていて、片方の男の身体は和風のアートだった。

そして、僕が行った中で一番品揃えの少ないバーに行ったときも彼は一緒にいた。
バックバーに置かれたウィスキーのボトルは数本。しかも1本をのぞき空瓶。挙句に氷が無い。どう考えても潰れる。確かに潰れた。
後から来たお客さんが氷を持ってきてくれたので、店にあるリキュールでカクテルは作れるようになった。同じカクテルを何杯も飲むことに…あのカクテルの名前は生涯忘れられないような気がする。

他にも色々あるけど、そんな出来事に遭遇すると、どっちの運命のせいだ?という話になる。
こと店に関しては僕の運命のせいである可能性も否定できないけど。

因みに彼は煙草の自販機で、見本のプラスチックの箱が出てきた事があるという強者。僕が自販機で遭遇した事件は、コーヒーのボタンを押したら13本落ちてきたことくらい。

どのエピソードも笑えるから、どちらの運命でもそれで嫌いになることは無い。むしろ人生にナイスなエッセンスを与えてくれたくらいだ。

そこでふと思ったんだけど、本人は悪くないのにその人の運命、運の悪さで人を避けてしまいたくなることもあるだろうな。
例えばその人とどこかに出かけると誰かが肥溜めに落ちるとか、その人と食事に行くと高確率でゴキブリが出るとか。

2011年3月20日日曜日

名古屋にて

名古屋に着いて気づくのは街が暗いということ。
無駄な電気を使う必要は無いけど、前にも書いた通り節電したからといって関東や東北の電力需要がまかなえる訳じゃない。
店がやってるかどうかわからないような状態にすれば客足を減らすことになる。それが一体何になるのだろう?
電気を使わなかった分義援金にする。そういった考えも理解できるけど、売上が落ちたり店が潰れたりしたらそれどころじゃないと思う。

誰と話をしても最初の話題は震災に関連すること。友人の会社は野菜や果物を取り扱っているのだが、この一週間の間に取り扱った茨城(福島もなのかな?)産の商品に関して、産地からどの店に出荷したのまでを調べ上げなきゃいけないんだとか。こっちにいても大変なんだなぁ…

タクシーに乗って運転手さんに震災以降の売上を聞いたら如実に落ちているらしい。ああ、ここも…
今名古屋で節電だけでなく節約までされたら、本当に潰れる店がどんどん出るんじゃないかな?心配。

2011年3月18日金曜日

コスプレ焼肉

明かりの消えた夜の街、人足も減り小さなお店は潰れるかもしれない。経済を鈍化させてはならないという高尚な志を持つ方の誘いで昨晩コスプレ焼肉を謳う店へ行ってきた。
※この店にした理由は事前にクーポンが買ってあったからというだけだが…

店は時間制で食べ放題の飲み放題ということだったので、所謂焼肉食べ放題の店で、注文したものをコスプレをしたお姉さんが持ってきてくれるのかと思っていたが大間違い。

男性客の横にお姉さんが付き、会話をしながら肉を焼いてくれる。1枚目はあ~んのサービス。
そう、店に入って数分後に気付いた。ここは単なる焼肉キャバクラだということに。

そういう店だから肉質など求めてはダメ。名古屋にいた頃に3000円くらいの焼肉食べ放題へ何度か行ったことがあるけど、そんな高品質な肉は出てこない。そもそも牛肉がレア(生焼けではなく貴重品という意味)。

お姉さん達が飲むドリンクの料金は別会計。クーポンで行ってもその分の金はかかる。
メニューに目をやるとオプションがあり、好きなコスプレへの着替え、膝枕で耳かき等。どこが焼肉店なのか意味不明。キャバクラすら通り超えている感がある。

因みに女性の方だが秋葉原にあるその手の店でも合いそう。所謂サラリーマンの多い飲み屋街にある普通のキャバクラと比べると女性のカテゴリが違う感じ。
どちらがいいではなく、豚肉と牛肉みたいに好みが分かれるような感じ。

クーポンを使わずこの店に2時間くらいいてオプション付けたら叙々苑に行けるくらいの金額になるのかな?
叙々苑でもゆっくり食べてれば簡単に2時間くらいは消費する。同じ時間に対し同じ金額を払うのであれば、どちらへ行くかは個人の嗜好による。
興味を持たれた方は行ってみるといいかも。

この店で一つ好感を持てるところを。

加工した店員の写真をホームページに掲載しており、いざ店に行くと「お前誰やねん」みたいな悲しい想いをしたことは誰しもあると思う。
あれはフィッシング詐欺と呼んでも過言ではないだろう。

その点、このお店はホームページを見るとわかるが、女性の写真を加工して、実物より200%増し美人とか卑怯なことをしていない(個別の紹介ページではとても明るい場所で撮った写真もあるが…)。むしろ写真写り良くなくて可愛そうとすら思える。

そういえば何故かドンペリが赤白ピンク揃ってたなぁ…

2011年3月16日水曜日

初めての通勤ラッシュ

震災後初めての通勤。
いや、正しくは土曜日に休日出勤してたから初めてじゃないけど。

家を出たのは異例の6時台。早く出ないと何かあったら困るということもあるが、それ以上に土曜から月曜まで家では殆ど布団の中で過ごし、半分くらい寝ていたので、前日午後11時に目が覚めてから寝られなかったというのが大きい。

新京成が妙に混んでる。新津田沼以降の運転を取りやめたからか?他の路線から流れた客か?混んでいると言っても新京成。普段の常磐線快速に比べれば空いてる。
そして松戸到着。運よく上野行きが来るタイミング。駅の改札には入場規制がかかっているようで、随分人だかりが出来ていた。


松戸に着いてわかったのだが、普段通勤ラッシュ時の多いときには2〜3分に1本来る常磐線快速が30分に1本。つまり一人当りが車両内で確保できる面積は10分の1になる。マツコデラックスがミスターオクレくらいまで痩せなきゃいけないってことだ。無理。
とは言えちょっと安心もあった。その理由は上野・松戸間の運転とアナウンスされていたこと。松戸から乗るぼくにとっては座れるんじゃないか?くらいの気持ちだったのだ。
しかし、電車が松戸駅に入ってくると既に満員。とてもじゃないが乗れたもんじゃない。だが、捨てる神あれば拾う神ありというか各駅停車はまだ乗れそう。何年かぶりに各駅停車で西日暮里まで。

松戸から各駅停車は混んでいる。そりゃ普段から結構混む列車に快速に乗れなかった人も乗ってきてるから当然か。そして次の金町。乗ってくる人でギュウギュウ詰めになる。これ以上無理って感じ。だがその後西日暮里で下りるまで人は増え続け、いつの間にか自分の身体は後ろに反り返ってくの字型に…まるでジョジョ。
そんな体勢を続けたせいで腰痛発動。こんなの毎日続けたら立てなくなる。

西日暮里から乗り換えた山手線はガラガラで、いつも以上に空いており、嘘のようだった。

しかし、ぼくが体験したレベルの満員電車を毎日体験している人が首都圏には大勢いるんだろうな。凄い。

2011年3月15日火曜日

今日の雑感

どうしても地震関連の話ばかりになってしまう。
今の時点で思っていることをつらつらと

  1. 駐輪場
    首都圏の電車がまともに動いていないことは皆さんご承知の通りだと思う。僕は各鉄道会社は一生懸命やっているだろうし、東電も一生懸命やっての結果だと思う。だけど現実的に復旧にはまだまだ時間がかかるだろう。
    そんな中移動しなければならない人たちのために駅の近くに臨時駐輪場を作って欲しいと思う。人によっては数十キロくらいなら自転車で移動するし、多少なりとも鉄道利用者を減らすことが出来る。
    場所の問題はあるだろうけど駅の近くに公園などがあれば可能なんじゃないかな?
    問題は首都圏の道路が狭いことと普段自転車に乗っていない人が多量に乗ることによる事故の増加の可能性などだが

  2. 義援金1
    人によっては今すぐ義援金を出しても使うのは更に先だから慌てる必要はないと言っている。これは間違いないと思うけど、時が経てば人の気持ちは冷める。今なら出す人が出さなくなる。もしくは出す金額が減るといった可能性が増えるように思う。現金はかさばるから多量に受け付けられないかもしれないけど、振込なら銀行口座の預金残高が増えるだけだ。今貯めておいて使うべき時に使えばいいだけじゃないだろうか?他人の気持ちに水を挿す必要は無いと思う。

  3. 義援金2
    既に国内の義援金が100億円突破したとか。不景気と言われているけど、どうしてどうしてまだまだ人のためにお金を払えるほど余裕があるんだなと日本の経済力に感心。無論、100億あっても復興には足りないだろうけど。
    しかし、自動車メーカーや家電メーカー各社など数億円単位の金を出してはいるけどもっと出してもいいんじゃない?と思っている部分もある。だって復興して東北の方たちが普通の生活を送るようになったら又必ず車も家電も買うもん。それを見越して金を出すならもっと出せるんじゃないかな?と思わずにはいられない。勿論商売なので損をするわけにはいかないだろうけど、普段の半分の利益程度になるとしてもその分くらい事前に出せないのかな?と。そう考えたら数億どころじゃないよね?と。

  4. 節電
    60Hz帯でどれだけ節電しても周波数変換して50Hz帯に供給できるのは100万kWだけ。しかもその量は余剰電力で賄える。だから節電しても意味がない。この話も正論。
    しかし、これを気に無理でない節電を心がけるようにも出来るんじゃなかろうか?西日本から東日本への供給のみならずエネルギーを海外に頼らざるを得ない日本において普段から節電は必要なこと。誰もいない部屋の電気を消すといった生活に無理をかけない節電は悪くない話だと思う。
    反面、節電による電力会社の収入減=税収減=復興資金が減るという論理も理解できる。

  5. 情報過多
    今の世の中とにかくリアルタイムで豊富な情報が入る。だから早く最新の情報が欲しいと思う人がいるし、それに答えるため確定していない情報を流して発表がコロコロ変わってしまうことになっているんじゃないだろうか?
    結局自分に降り掛かってくる結果が全てだ。ならばいっそのことテレビを消して本でも読んで、突然停電になったら諦めるくらいの気持ちでいてもいいんじゃないだろうか?
    特に首都圏は被害を受けたとは言えまだ生活出来る。必死に明日の出勤を考えるくらいなら休める人は休んでしまえばいいし遅刻してしまえばいいんじゃないか?
    情報からも仕事からも、心に余裕を持つチャンスなんじゃなかろうか?

  6. 買い占め
    Amazonで単2電池4本パックが1万7千円くらいになっているみたいだ(一応リンク張っておくけど、これを見たときには変わっているかも)。
    トイレットペーパーも入手困難になっているので、そのうち信じられない様な価格になるかもしれない。トイレットペーパーを買いまくるなんてオイルショックみたいだけど、本当にうちの近所でもトイレットペーパーもティッシュペーパーも無くなっていたな。僕はウォシュレットがあれば大丈夫と思っていたけど、停電中に便意を催したらウォシュレットが使えないという事実に気付いて恐怖している

  7. 役に立ちたいなら
    今回の震災ではどうなのか知らないけど、相変わらず何も出来ないことに我慢できず、被災地にボランティアで行きたがる人が出るかもしれない。
    ネットではそういった行為をしないように呼びかけている人も多数いるけど、残念ながらそういう人たちは、そのような部分を見ていないような気がする。
    遠方の方で、何の役にも立てずもどかしく思っているなら募金すればいい。そうでなくてもいつも以上に贅沢すればいい。後者は何故?と思われたり不謹慎と思われるかもしれないけど、贅沢すれば税収が増える。被災地復興にも税金が必要だ。そりゃ被災地が産地であるモノを購入するのがより効果的だろうけど、そうでなくても税収が増えればより復興のために使うことが出来るお金が増える。
    何でも金で解決するのは嫌われるような風潮もあるけど、腐る食べ物や古着を送ったり、千羽鶴を送るよりもお金を然るべき機関に出したほうがいい。お金なら食料にも衣服にも燃料にも変えられる。
    但し現地に現金を送ってもダメ。現地に今現金がどれだけあったって、ロクに店もやってないだろうし、経済活動がマトモに出来る状態じゃないだろうから何も出来ないだろう。

2011年3月14日月曜日

不謹慎過ぎるが笑ってしまったメール

名古屋の友人で安否確認してくれたのは一人だけ。
もう他の奴ら絶交してやろうと思ったけど、そうすると僕の友達は一人だけになってしまうのでそれも寂しい。

しかしながらこちらからメールしてみると返事が返って来た。まぁそれすら無ければ凹むんだが…
返信には不謹慎ながら笑ってしまうような内容も
「石原軍団が大挙して宮城入り、今日にも盛大な炊き出しを実施」
勿論デマだけど、実際にやりそう。
他にも来たけど余りに不謹慎すぎる内容もあったので書かない(内容に織田無道という名前が入っていたことだけ書いておこう)。

地震からこっち心の余裕を失っている部分もあったけど、こんなくだらないメールで笑ったおかげで少し余裕が戻ってきた。

しかし僕が送ったメールは
「余震が各地で続いているからもしかしたら東海地震がくるかもしれない。今のうちに水を確保しておいて、ガソリンも満たんにして方がいいかも」
だったんだけどね。
たまに送る真面目なメールにもふざけた返答を返してくれる友人は有難い

考えてみると色々大変なんだろうなと

地震後twitterを始めネットを見てると色々な人の考えが見える。

東京電力の輪番停電の計画発表がコロコロ変わることに対して苛立ちを覚えている人も少なくない様だ。確かに自分の地域の停電のスケジュールがわかれば対策もしやすい。明確なスケジュールが欲しいのは皆同じだろう。
だが、果たして東京電力の対応に対して安易に要領が悪いと言えるのだろうか?恐らく電力制御できる地域を分けて、消費電力がなるべく均等に分散されるような地域を選んで停電を行っているんじゃなかろうか?全部の地域が一般家庭なら大体の世帯数で分ければいいんだろうけど、工場やオフィスのある地域と一般家庭のある地域では消費電力量も異なるだろうし、消費の多い時間帯も違う。だから計画が立て辛く、一旦発表したあと指摘や苦情等により訂正なども行なっているんじゃないだろうか?
いや、勿論批判している人はそんなことは当然考えて言っているのが殆どだと思うけど、中には自分の仕事がどうとか、出勤がどうとかそんな個人的な理由で言っている人もいるような気がする。

僕は「自分がいなければ回らない仕事」がある人は有能だと思うけど、「その人がいなければ回らない会社」はダメなんじゃないの?とも思う。そりゃ社長ともなれば別だけど、社員が一人いなくなったら回らなくなるような仕事の受け方をしているのはリスク分散出来てないだけなんじゃないかと。それほど有能な社員はそんな無能な会社で働くべきじゃないとも考えられるんじゃないか?と思う。

今回みたいなことが無くても出社できなくなる可能性なんて(低いとは言え)あるわけで、その時なんとか対処できない様な会社じゃあたかが知れてる。そもそも正当な理由があって出社できない、仕事が出来ないのにそれを咎められるならそんな理不尽な会社や客と付き合う必要があるんだろうか?
有能な人なら、そんなところに努めずにもっと環境のいいところへ行けばいい。

僕は自分が有能とか会社が有能とかじゃなく、基本的にどんなことも
しゃーない
なるようにしかならん
としか考えられないから、現状を受け止めるしか無いと思う。
僕の力では東電にせよその他ライフライン、鉄道などにせよ、なってしまったことに従うしか無い。

そりゃ自分が被害に遭えば頭にくる。それは僕も同じだ。
しかし、どれだけイライラしても、それをわざわざネットで拡散して他の人まで同じ気持ちにさせる必要は無いと思う。
どうしても愚痴りたいなら近しい人にメールするなり飲みながら愚痴るなりすればいい。何百人にイライラを拡散させる必要はないだろう。
東電にせよ他の会社にせよ一生懸命やっているだろう。叩くのは簡単だ。でも、どうせ電気が来なきゃコンピュータも動かない。
そうなれば今の時代金を動かすことも出来ない。商売なんて成り立たない。

心に余裕を持って休める人は潔く休んじゃうのも交通インフラの負荷を減らす社会貢献くらいの気持ちでいてもいいんじゃなかろうか?


そして、復興にはモノが要る。モノを作るためには工場を動かさなきゃならない。そのためには電気がいる。東電は電力供給の優先度でも頭を抱えることになるんじゃなかろうか?
勿論東電の管轄以外の工場でもモノは作れる。が、しかし、通常以上に物資が必要になるのだ。
そして電気が供給できるようになったらモノを作るための材料と出来上がったモノを運ばなきゃならない。鉄道の整備と道路の復旧もまだまだ必要。そしてそれらも優先度という問題が必ず出てくる。
僕ら外の人間が見ている以上に中の人たちは考えなきゃならないことが沢山あるんだろうな。

地震後初の日曜日

恐らく阪神淡路大震災以上の規模だろう。なんせ首都圏が影響を受けているのが大きい。
明日からは計画停電(輪番停電)も実施される。

しかし、こういう時であっても暴動など起きずに過ごすことが出来ている国に過ごすことが出来ているのは幸せだ。

夕方、懐中電灯の電池を買いにホームセンターへ行った。
まずは電池。レジの前の電池売り場を見ると案の定単一電池は売り切れ。僕の家の懐中電灯は幸いにも単二電池4本だったのだが、それもパッと見ると4本入が2パック残っているのみ。流石に残りの2つを両方買うのは心苦しい。
1パックのみ取り他の売り場へ。地震対策用のマットなど買おうと思ったのだが、そちらも見事に売り切れ。こんな時だから仕方ないか。
非常食のウィダーインゼリーを2パックかごに入れレジのところに戻ると先程は気付かなかった単二電池の列の奥の方にはまだ10パックくらい残っていた。奥だから遠くから見ないと気付かなかったわけね。もう一パックかごに入れ、奥の方にあったパックを前に出しておいた。奥の方だとしゃがまないと気付かないよ。

その後スーパーも回ってみたけど、カップ麺や缶詰、ミネラルウオーターなどは品切れのまま。
マツキヨでは変り種のカップヌードルは売れ残っていたみたいだったけど。
今日唯一の食事は何故か平常営業していたほっともっとで弁当。大した待ち時間も無く買えたけど、もしかしたら節電のため(多分)に看板の電気を消していたから営業していないと勘違いされていたのかもしれない。

家に帰ると夜10時頃職場の人から連絡。「明日は電車の都合により遅刻を許可します」
って。
幸い僕は最近休日出勤などの代休があったので明日は休みにすると伝えた。
地震開け最初の月曜。そして輪番停電の初日。どう考えたって出勤は大変だ。

人間は思ったより賢いし、適応能力がある。初日にパニクっても次の日、その次の日と徐々に環境に慣れていく。だから4月になればそんな生活が当たり前になっているだろう。
思い出してみれば名古屋が台風で水没した時も(2回経験している)大してパニックにならなかった。台風の次の日こそ大変だったけど、その次の日くらいからは意外となんとかなっていたように思う。
だから、輪番停電は4月末まで続くらしいからこれからも不自由だろうけど、多分何とかなる。勿論根拠なんてない。何となくだけどそう思う。

今、又揺れてる。

2011年3月13日日曜日

地震の爪痕

11日の地震発生。仕事の関係もあり家に帰ることが出来たのは12日夜だった。
「どれだけの物が壊れているのだろう」
半ば諦めつつ玄関を開けると目についたのがこれ
冷蔵庫の上のレンジが落ちかけていた。実はこれが落ちていることも心配していたのだが。
そして開かなくなっていた扉をこじ開け次に確認したのがこれ。
周囲に色々落ちているけど、それはともかくやはり落ちてたスピーカー。尤もこれくらいで壊れることもないだろうから大丈夫なはず。昨晩はこれを直すこともなく寝てしまった。

部屋の中は色々落ちたりしていたけど、心配していたクリスタルや陶器、それに酒は一つも壊れていなかった。

時系列的に前後してしまうけど、一番驚いたのがこれ。
下駄箱の上のたぬき。殆ど位置が変わっていない。下駄箱に立てかけておいた傘も落ちてない。
そして右側のたぬきだけ向きが変わっていて、大きなたぬきに向かって拝んでいる形になっていた。
この状況、そして自分のものが壊れていなかったことを鑑みると、やはりこのたぬきは僕の守護神かもしれない。

あの地震で自分が無事だったこともあり、12日に5000円寄付したけど、家に帰っても自分が金銭的被害を受けていなかったことから更に10000円Yahoo!基金で寄付した。
あと、500円分ほどあったTポイントも全部寄付。
こちらにオンラインで寄付できるサイトの一覧があるのでよければ参考にしてください。

一々寄付金額書くのもイヤミだと思われるかもしれないけど、誰かが金額を書く事が他の人の寄付金額の参考になるかもしれないと思って敢えて書いてます。

被災地の方たちが大変なのは勿論のこと、その人たちだけでなく、被災地からたまたま出張や受験などで他の地域へ行っていた方もいると思う。そういった方達は数日分のお金と着替えしか持っていないだろう。そうした方たちが帰ることができるようになるまで宿泊できる場所は確保されているのだろうか?
首都圏もライフラインが十分に確保されていると言い難い状況だけど、帰ることが出来なくなった人たちのための支援も必要だと思うから気になる。

2011年3月11日金曜日

地震

凄かったですね。

職場は23階で結構揺れたんですが、人も建物も室内も被害はありませんでした。

JRが止まってしまったのでどうしようか悩んでいるけど、帰るのは諦めた方が良さそう。

チケットを取ってあったブルーノート東京のTOWER OF POWER公演が中止になったことが辛かったけど、来年に期待。

ああ、部屋を見るのが怖い。

KAVALAN

昨晩仕事が終わったのは終電の時間より後。
それならばと夕食も兼ね職場近くのハイランダーイン東京へ。ここのフィッシュアンドチップスはぼくの好物。
名古屋の地ビールとフィッシュアンドチップスを食べた後ボウモアの1993飲み比べ。ようやくパーフェクトドラムの1993、多分2ndを飲むことが出来た。評価の高い1993だけど、最初に飲んだキャンベルタウン・ケーデンヘッドのものが良かったので、それと比べると…もう一つはG&Mのシークレットスティル。こちらは加水タイプだけど、こちらの方がフルーティーさも感じるし好印象。

さて、この日一番のイロモノ。台湾のウィスキーKAVALAN。賞をもらった酒だということは知っていたけど、正直なところ「どうなの?」って思っていた。
しかし、飲んでみると香りこそ独特だが、悪くない。というか結構美味しい。
これからは台湾の時代かもしれない。
※とは言え同じ物なら又飲むかは微妙

2011年3月9日水曜日

優れた占い師を見抜く方法

twitterで既に書いちゃったけど。

占い。
冷静に考えたら科学的な根拠なんぞありゃしない。随分とアテにならないものだ。
統計学という人もいる。確かに統計に基いて出されているものもあるのだろう。しかし、出された占いの結果が自分にとってハズレであれば、その占いにおいて同じ種類に分類された他の99%の人に対して当たっても意味がない。
僕は双子座(占いの本によっては牡牛座)だけど、テレビで「今日一番ラッキーな星座は双子座」と言われたところで、その日車に跳ねられる可能性も、食中毒になる可能性も他の人と変わるわけじゃない。

こんなことは占いが嫌いな人や占いに対して批判的な他人は勿論のこと、占いが好きな人でも納得できる話だろう。しかしながらそれでも朝のテレビでやっている星占いをつい見てしまう人も多いと思う。

テレビではなく、普通の占い師さんに占ってもらったことがあるだろうか?僕はある。
20代の中頃だったか。
その人曰く、僕は将来大物になると言っていた。
母親が僕の氏名や誕生日を送って占ってもらった結果でも大物になると出ることが多かった。現時点での自分を見るに、占いが外れていたか、まだその時期が来ていないかのどちらかなのは間違いない。

さて、本題。
僕はテレビの星座占いのようなものは気休め程度にいいんじゃないかと思っているけど、街中でそれなりの金額を取ってやっているものはきちんと信頼に足る人でなければ占って欲しくない。
だったら最初から占い師のところへなんか行かなきゃいいと言われればそれまでだけど、本当に当たる占い師なら値が張っても話を聞きたいと思うのは僕だけじゃないだろう。将来の不安が無くなるならそれにはお金を払う価値がある。
# もしかしたら死を回避できる可能性だってあるかもしれない(占いと予知能力は違うだろうけど)

占いの種類は数あれど、大体多くの占いは生年月日、名前、手相などによって行われるだろう。
生年月日を見て、あるいは名前を見て、あるいは手相を見て。人によってはそれらを全て見たり他の占いを組み合わせたりして
「あなたの性格はxxxでしょ」
なんてやるわけですわね。

では逆に、自分の性格や今までの人生を先に語った上で、生年月日やら名前やらを当ててくれる占い師はいないだろうか?
もし、そんな占い師がいたら僕は間違いなくその人を信用して諭吉達を握り締めて色々相談しに行くと思う。

落第だそうです…

自己採点です。貴方は自分の見た目を100点満点中何点だと思いますか?
世の中にはへーちゃらで100点と言う人もいれば、自信がなくて30点と言う人、相手の顔色を伺いながら低い点を言う人もいる。
僕は自分の顔に自信がない。30点と言ってもいいと思ってるんだけど、そう言うのもなんだかな?と思うので「50点」。因みに20代の頃で身体まで入れていいなら堂々と50点と言えたんだけど、腹が出た今となっては…

さて、50点って普通じゃんと思ったんだけど、どうやら単位取れないみたい。
どうやら赤点が60点らしい。えっと、うちの高校36点以下が赤点だったので、そんなもんだと思ってたんだけど…

これが自己採点の面白さ。結局普通を何点だと思うかが判断基準になる。50点を真ん中だから普通だと思う人もいれば、学生時代の試験の学年やクラスでの平均点数を思い出し、60点や70点を普通だと思う人もいるだろう。それこそ自分の学生の頃の赤点を最低ラインと考える人もいるだろう。
結局見た目の自己採点って何の意味もなさないんだよね。

ただ、これを聞くと相手が自分自身に対してどの程度自信を持っているかがわかると思っている。
勿論点数だけでなく、何故その点数を付けたのか理由も聞かないといけないけど。
そこから話を膨らましていけばその人が何に対して自信を持っているかを聞くきっかけに出来る。会話に詰まったときに出す話題の一つとしていいんじゃなかろうか。
ただ、イケメンが他の人に聞くとイヤミに取られる可能性もあるけど。

因みに今日3人いた中の自己採点は100/80/50でぼくが最下位だった。
うっそぉん…

初めての游玄亭

話の流れで行くことになった游玄亭有楽町マリオン店。要は叙々苑。

テーブルは焼くスペースが狭いと思ったけど、それ以外は問題なし。ちょっと疑問に思ったのは隣との仕切り。隙間が空いているのでとなりのお客さんが見える。うぅん…何故空いてるんだろう?

単品で肉の連続もいいんだろうけど、これくらいの店になるとほぼ霜降りばかりになる。
僕は最近霜降りが余り食べられないし、一緒に行ったメンバーにこういう店で食べるのが初めての人もいたのでコースを選択。別に壺漬けカルビを1つ注文。

海鮮ものが美味かった。ほぼそのままでいただける。蟹味噌のつけダレも美味いけどそのままもしくはレモンを少量絞る程度で十分。

肉は予想通りの霜降り。ところでサシが多い肉ってロースとカルビが識別不能になるんだけど、これは食べ慣れていないせいだろうか。

一緒に行った26歳の子は脂の良さを喜んでいたけど、僕はといえば本当に脂がダメになってきてるのかも。コースの量で丁度良いくらいだった。
そして心の中で「真っ赤なオージー万歳」と叫ぶ自分は牛肉に関してはコストパフォーマンスの高い人間だと実感。

尚、肉に関しては最近脂があまり食べられなくなった僕の感想であり、コースの金額はお得とまでは言わないけど妥当と思えるもの。年に一度くらい贅沢で行ってみるのもいいな。

その26歳の子の仕事が決まったお祝いで行ったんだけど、奇しくも今日僕の仕事の延長が判明したので、僕にとっては自分自身のお祝いでもあった。


そういえば5000円のコースがあった。更に2000円追加で飲み放題まで付けられるみたい。うぅん…ここも不景気なのかなぁ…

2011年3月8日火曜日

又今年も花粉症の疑いが

土曜日か日曜日くらいからくしゃみと鼻水に悩まされている。
月曜日の昼はなんとも無かったけど、よるにはまたくしゃみと鼻水が。眼の周りも痛痒い。

毎年「あぁ、遂になったか」と思いつつ結局一時的なもので終わっている。
今年もそうであれば良いけれど。

ぼくは合理的な人間なので花粉症になることに何のメリットも感じない以上なるつもりはない。
あまつさえ名古屋に帰る気マンマンなのに関東で花粉症などという土産を貰うつもりもない。

さっさと夏になることを望む。

2011年3月6日日曜日

話を止める術 〜他カップルの話〜

今回は下ネタです。好きじゃない人はさっさと閉じた方がいいです。
数週間前
「twitterでは下品なことを書くのに自分のblogでは下品なこと書きませんね」
と言われたときに
「知り合いが見てるからね」
と答えたんだけど、じゃあtwitterは知り合い見てないのか?っていうと、そんな訳はない。
知り合いの質が違うんですね。
こっちは自分より年長の知人も見てますんで。あと、twitterは便所の落書き感覚で書いてもいいと思っていることも大きい。
※ 誤解の無いように書いておくけど僕は便所に落書したことはない

さて、本題。
男女共多かれ少なかれ他のカップルや夫婦を色々言う、聞くことはあると思う。
「いい嫁さんもらったよな」
なんて褒め言葉(まぁ旦那にとっては悪口になりえるけど)もあれば
「あれは別れるわ」
なんていうのまで。
こう言う話をするとき、特にネガティブな感じで話をするときにはこんな要因があるのだろう

  • どちらかに気があった
  • どちらかの見た目が悪いと思っている
  • 上記に関連するやっかみ
  • 理解できない恋愛

さて、先日とあるカップルのことを色々と聞いてこられた。
自分のことならともかく、他人の恋愛なんてわからない。なのに何故か聞かれることがある。困ったもんだ。
普段の僕を見てれば僕が恋愛というグラウンドの外野席にすらいられないくらいのポジションだってことくらいわかりそうなもんなのに…

ただ、残念ながら(?)そのカップルに関して僕は聞いてきた人より対象となる人のことをちょっと知っていたので困ってしまった。多少なら話せないこともないが、本人の承諾も得ずベラベラと喋っていいもんでもないだろう。そりゃ、僕がおノロケ話でも聞いてればそういうのは何の壁もないように、しかも増幅して喋ってやるけどね。

酔っていたこともあり、答えるのが面倒なのに言葉のブレーキが効かなくなっていた僕は聞いてきた人に対して
「お前が何を言っても今頃〇〇(男の名前)が××(女の名前)の股間に顔を埋めて×××舐めてるんじゃないの」
と言うと、聞いてきた本人はその場面を想像したらしく、それ以降その話題を振らなくなった。
言われた相手は鳳凰幻魔拳の1/100くらいのダメージを食らったかもしれない。
単にセックスしているなんて言うよりも下品なところが良かった(?)んだろうと思う。
他所のカップルのことを色々聞いてこられて辟易しているときにオススメの会話遮断法。

2011年3月5日土曜日

スロット・秘宝伝

人間ドックでバリウムを飲んだら下剤を飲まされる。バリウムは異物なので、すぐに出さないといけないから。

そんなに強烈な下剤じゃないからずっとお腹が痛いとかそんなこともないけど、それでもいつもよりもよおす。

夜に松戸駅のあたりを歩いていると、ソレが来た。
さて、街中でもよおした時はどこがいいか?当然パチンコ屋である。
なんせトイレが綺麗だ。古い店はともかく、それなりの店構えをしているところは大概大理石風の壁、近代的な温水洗浄便器である確率が高い。但し客層が残念な場合もあるので、壁には落書きやら何らかの破壊行為の跡が残っていたり、その他カルチャーショック(?)を受ける場合もあるけど。

そんなわけでパチンコ屋に入ると「新台・未来少年コナン」。気になる。ちょっと見てみたい。
店内を探し回ると、数台しか入っていない。お客さんが打っている。
「次の店に行くか」
数件の店を回るがロクに置いてない&あっても打たれている。
どうにも納得が行かないうえ最後に行った店はコナンが置いてなかった。
そしてスロットコーナーへ行き、その前の店で見て気になった秘宝伝へ。
「ちょっと打ってみよう」
5号機以降殆ど打たなくなっていたけど、なんかルールが複雑になってる。

1000円でかかったのでそのまま打っていると出た分も消費され更に1000円投入。そんなわけで6000円突っ込んだところでロングART(こんな言葉も昨日知った)に入りメダルが減らなくなった。閉店間際まで打ち、結局13000円程になったので7000程の勝ち。

店から出て
「そういえばトイレ行かなかったな。まぁいいか」
いや、バリウム出さなきゃいけなかったから良くないんだけど。

人間ドック

人生初の人間ドックを受けてきた。
健康診断を最後にしたのが20年くらい前だと思う。だから所謂健康診断的なものを受けたのが20年ぶり。

人間ドックと聞いて、胃カメラあったらどうしようとか肛門触診あったらどうしようとか考えていたけどどちらも無かった。うん、良かった。

しかし、久しぶりに受けるとまぁなんというか免疫が出来てないというか無くなっているというか。
とにかく一番凹んだのが検便。説明書を見ると、洋式便所の場合水の無いところにトイレットペーパーを置いて、その上に便をして便を取れと書いてある。
だから普段と反対向きに座って(カバーを上げているので中腰になるが)することになる。もうね、この格好がね、人に見られたら自殺したくなるくらい情無い。まぁ見られたら見られたで興奮するんだろうけどさ…
しかも人間ドック当日を含め3日以内に2回。一度目にやったときは出社する気力すら無くしそうだった。
しかし、検便と言えど進化はしているようで、すくう棒の先は凸凹になっており、それでかき回せば付きやすくなっていた。まぁその行為をしてる間も心の凹みは加速するんだけど。

で、検便とセット(?)なのが検尿なわけですが、こちらは樹脂製の折りたたみのコップと試験管風のものが付いている。コップから試験管に注ぐときこぼれたらどうしようと思ったけど、コップが四角なので角から注げば大丈夫だった。
しかしこのコップ。捨てるときどうしろと言うのだろう?まず洗うのか?そのままゴミ袋に入れるのも抵抗がある。そして樹脂だからリサイクル?小便入れたものをリサイクル?
結局風呂場で洗って燃えるゴミの袋に入れた。ごめんなさい。

病院に着くと着替えを渡され検査のフロアへ。待合室を囲むように各種検査を行う部屋があり、約270度の周囲から名前が呼ばれる。後ろは問診と採血、右はレントゲン、左は身長測定・視力・聴力・超音波、前は結果説明と眼の検査(視力と違う)みたいな。この造りは機能的だなと感心。

人間ドックといえ、健康診断や医者でされる検査と異なるものもなく結構拍子抜け。腹の超音波検査をされたときくすぐったくて腹に力が入ってしまい辛かったとかいうのはあったけど、特にトラブルも無くスムーズに終了。
そういえば17年ぶりくらいにバリウムを飲んだけど、「昔より量が少なく飲みやすくなっていますよ」って…これはどうかなぁ?以前のバリウムの方が量は多かったけど、その分薄かったから飲みやすかったような気がする。量が減ったけど濃くなって飲みにくくなったような気がするんだけど。


検査結果は、腎臓の数値や尿酸値が高いことが気になると言われたこと以外は正常範囲。ΓGTPも正常範囲から1高いだけ。まだ身体が大丈夫そうと知って一安心。

さて、12年前は55kgだった体重が今75kgあるということを言うと当然のダイエット要求。
「55kgに戻したほうがいいですね」
と言われたので、
「55kgって痩せすぎだと思うんですよ。65kgでなんとかなりませんかね?」
と意味不明の交渉をしてしまった。結果的にはそれでもいいって言われ、無事交渉成立。
ダイエットして(これが難しいんだが)3ヶ月後に再度検査をして各数値が下がってれば腎臓や尿酸も問題ないらしい。


人間ドックが済むと食事のサービスが付いていた。和食とイタリアンがあり、イタリアンの方を注文。これが予想外に美味かった。イカ入りの明太子クリームパスタが出てきたのだけど、麺の茹で時間が長かったのかアルデンテじゃなかった(食事を抜いている人向けに消化を良くしているのかもしれない)のと、病院の割に味付けが濃い(不味いわけではない。濃い味は好きだが病院としてはどうだろうという疑問。前者と対照的)というのが気になったこと以外は普通の店で出ても何ら問題ないクオリティ。イカが柔らかかった。

2011年3月4日金曜日

すっぽん食べた

以前から興味はあったが食べたことの無い食材。すっぽん。少しくらいはあったのかもしれないけど、記憶に無い。少なくともすっぽん料理のコースみたいなのは食べたことが無い。

気になっていたので
「すっぽん食べたい」
と呟いたら、同行者が。あっという間に予定も決まり3/2の夜に決行。

すっぽんコースなのに最初はカニの入った付け出しと普通の魚のお刺身盛り合わせが出てきて拍子抜けしそうだったが、コレが出てきてそれっぽい雰囲気に。
すっぽんの血。予想ではもっとエグいものかと思っていたけど、意外と飲みやすかった。りんごジュースと赤ワインで割ってあるみたい。割りの量が多かったのか?

そしてすっぽんの刺身。
黄色いつぶつぶは卵。左上はレバーで真ん中あたりに心臓。
肉は事前情報で得ていた通り鶏肉と馬肉の中間くらい?味は鶏肉食感は馬肉みたいな感じだろうか。
心臓をいただいた感想は、肉の食感は他の肉と変わらないと思う。尤も牛ハツの生は食べたことないけど。で中に空洞があるのがわかる。咀嚼している間自分の心臓を噛まれているような気分だった…

胆嚢の日本酒割り。まぁなんてバスクリンカラーなんでしょう。
飲んでみると色の割には殆ど日本酒。 普通に飲めちゃう。

あんかけ茶碗蒸し。これも中にすっぽんの肉が。

から揚げ。

この後すっぽん鍋&おじや。これが美味しかった。出汁が美味しくて、おじやの分スープが残ってなくてどうなるか?と思ったらスープは継ぎ足してくれた。当たり前か。

全体的に予想と違っていた。

すっぽんはもっと肉が固いと思っていたけど、全体的にコラーゲン質の部分が多くてぶよぶよ食感の連続。
自分の中では「すっぽん=精力絶倫」みたいなイメージがあったけどこれだけコラーゲン質が多いとお肌を気にする女性向な食材なのかな?と思った。

で、予想を反したことは更に…
これを食べて帰ってきてからそのまま布団に倒れこんで電気つけたまま寝てしまった。
朝起きても精がついたような感じは見受けられなかった。
※次の日の夜に鰻を食べて帰ってきても同じような感じだったから慢性疲労かも

「こういうもんなのか、なるほど~」
予想と違っていたとはいえ、美味しかったので年に一度くらいはいいかな?と思えた。

次はクエとかアンコウのコースが食べてみたい。

2011年3月1日火曜日

タリラリラーンドコニャニャチワ

アンティークフェアをやっているという情報を聞きつけて浅草の創吉へ。

お目当てはバカラのタリランド。
ずーっと以前から欲しい欲しいと言い続けていた割には何故か未だ買っていなかったグラス。

ショットグラスのサイズのタリランドが欲しかったんだけど、フェアの棚の角で発見。バカラのコーナーにもある。
この二つが微妙にサイズ違い。フェアのほうに出ているアンティークの方が少し小さい。
アンティークの方は並行が入らなくなったから正規のショップじゃないと手に入らないという話を聞きそちらを購入。
そして店内をちょっと見回してカガミのショットグラスも購入。
左がタリランド。右がカガミのストレートグラス。
これからバーボンを飲むのが楽しくなりそうだ。

2011年2月28日月曜日

あやうく食い逃げ

「連絡が早ければ出社することも無かっただろう」とか考えてもしょうがない。
折角早々と会社を立ち去ったのだ。どうせなら好きなものでも食べに行こう。
そこでタクシーを捕まえてお気に入りのお店岸由へ行くことにした。

霙の降る中タクシーが意外と捕まらない。昼だからだろうか。
どうにか捕まえたタクシーに乗りこみ運転手さんと東京の天気の移り変わりの話をしていたら到着。

この店のランチは1種類。だから注文を一々言う必要は無い。
夜も2種類しかなく予約時に何も言わなければ安い方のコースになるのだが
席に着きKindleで読書をしながら待っていると料理が運ばれてくる。
ぼくはこの店の焼き魚と味噌汁が好きで、この2つがあるだけでも満足できるくらい。
今日の魚は鰆と桜鱒の西京焼。牛蒡の葉と根のお浸しが添えられていた。

相変わらず美味い。しかし、濃い味好きのぼくが「もうちょっと味噌が薄くてもいいくらい」と思ったのは魚が良かったからだろう。もちろんこのままでも美味しい。ごはんのおかずには丁度良い味付け。ごはんがそれだけで食べても美味しいからごはんも味噌汁も各料理も1つ1つで食べられちゃうんだよなぁ。

十分満足してから店主と暫く雑談。店を後にするとき
「1時30分オーダーストップなんですよ」
という話になり、ぼくが今日1時50分頃に着いたのに入れてもらえた事を感謝。

まだ止まぬ霙の中100mほど歩いたところで重要なことに気付いた。
俺、金払ってねーじゃん
財布の中の金を確認すると、どうにも払ったとは思えない。
冷静に考えてみる。
昨晩1万円を崩してから金を使った場所を思い返しても千円札が多い。1200円のランチだから支払ったなら千円札があと1枚減っているか、五千円札か一万円札を崩して増えているはずだ。
再度店に入ると店主夫妻が出てきたので
「僕、お金払ってませんよね?」
と言うと、先方もここで気付いた様子。
「そういえばそうですね。」

人生で初めての食い逃げチャンスを自ら潰してしまった。

最短勤務時間記録

土日の休日出勤で疲れたので午前半休にした。

朝、その旨連絡を入れておいたので、昼に家を出る。

時間こそ違えどいつも通り日暮里で乗り換え新宿へ。新宿から丸の内線に乗り換え。
ここでメールが入る。
「社内全体会議があるので安藤さんは本日出勤しなくてもよいです」
…家からここまで約1時間。ここから会社まで約10分。
「何かあるといけないので念のため出勤します」
と返信。
職場に着き、状況を確認すると案の定何事も無かった。早々と退社。
社会人になって約20年。恐らく最速。出勤して約1分ほどで退社。
PCの電源すら入れなかった。

外に出ると雨はみぞれに変わっていた。

名刺下さい

細かいことを気にし始めるときりがない。それはわかっちゃいるんだけど。

今月一杯で店を辞めるバーテンさんがいたので、昨晩はその店へ。
月末の週末。そこそこ入る客。辞めるその人は帰るお客さんへ次の店の名刺を渡していた。

そして僕が帰るときには名刺をいただけなかった。
店にも客を選ぶ権利はあるし、客のことを考えて店に来ない方がいいと考えることもある。
だから僕に名刺を渡さなかったのもそれなりの理由があるのかもしれない。単に渡し忘れていただけかもしれないが。

どちらにせよ、聞くこと自体野暮だと思っていたのに、店から出て最後のお見送りをしてくれた時につい
「僕には名刺くれないんだ」
と言ってしまった。

酔っていたとは言え最悪だ。
そんな事を言って貰った名刺の店など、自分が行き辛くなるだけなのに。

何にせよ、馴染みの店で言うこっちゃないと店を出た後に悔やんでいた。

休日出勤

何年ぶりだろうか。久しぶりの休日出勤。しかも土日両日。

不思議なもので普段暇と言っては語弊があるかもしれないが、とにかくここのところ「忙しさ」というものが無い日々を送っていたので、自分が必要とされる満足感(?)のようなものから、休日に出社することが嫌ではなかった。
しかしながら、土曜日に入っていた勉強会&懇親会へはロクに参加できず不満が0というわけでもなかったが。

今回の休日出勤、僕の仕事の遅れとかそういった理由ではない。一つはお手伝い。それも相手の作業が終わってからの確認&結果報告なので、結構空き時間がある。そしてもう一つは「なにかわからないことがあったら対応するため」という理由。こっちの空き時間はハンパではない。聞きに来られなければ本当に何もすることがないのだ。

とは言えもし僕がいなくて、何らかのトラブルがあった場合困ってしまうことは分かっているので出社しないわけにもいかない。
結果、ほぼ何も起こらなかったが、夜10時頃にちょっとした問題発覚。居て正解だった。

会社から出て電車に乗ったのは0時近かったけど、とりあえず役に立てたということで、出社して良かったと思えた。

社会人になってから20年強。恐らく先週までの数カ月はその中でも一番ゆったり過ごすことが出来ていた(除無職期間)。しかし、ゆったりとした時はそれが原因で落ち着けず、中々馴染めずにいた。忙しい時にはそれを不満と愚痴をこぼすのに、
久しぶりに夜中まで仕事(?)をして、ワーカーホリックのように働いていた頃が充実していたのかもしれないと思い返してしまった。
結局人間常に無いものを求めるのか、単に僕が天邪鬼なのか。

2011年2月25日金曜日

2:10メール受信

そろそろ寝ようと思い電気を消した後、携帯の充電を忘れていたことに気付いた。

すると2:10にメールあり。ある店のバーテンさんから。
「これから飲むので、まだ飲んでいるようなら一緒に飲みませんか?」
お誘いは素直に嬉しい。が、一応会社へ通勤し仕事をしている身。明日(というかこんな時間じゃ既に今日)の仕事に差し支えるのでお断りさせていただいた(移動手段も無いしね)。

先日同業者から
「仕事って何してるんですか?」
と聞かれたことからも薄々感付いていたが、どうやらぼくが会社に通勤しているエンジニアであるということは余り認知されていないらしい…

ちん語録

今年に入ってからたま〜に言われる。
「安藤さんの言葉使ってますよ」
的なことを。

言葉なんて誰のものでもないし、僕だって誰かが使っていた言葉を使っているだけかもしれない。だから、僕の言葉といわれるとムズ痒いものがあるんだけど。

例えば、空気を読めなかったりする人を「痛い」なんて揶揄することがある。
それの度が過ぎた感じの人を「激痛」って言っているんだけど、それを気に入って使っているという人がいた(因みにそれすら超えた感じの人を「重症患者」と呼んでいる)。

他にもわかりやすいところだと英単語。言葉の中には日本語より英語で言ったほうが言い易く様になるものが結構ある。だから会話の中で敢えてそういった英単語を使うと、他の人も使うようになり、同じ輪の中の人は英単語で言うようになる。
語感が気持ちイイとか意味がぼやけた感じで受け止めやすいとか理由は色々あるんだろうけど。

こんな感じで普段自分が何気なく発している言葉の使い方が伝搬し、新しい用途が生まれるというのは面白い。
他の人が使わない様なところで使った言葉が、巡り巡って更に僕も想像できないような使い方で僕に帰って来る。そして新たな言葉の使い方を見つける。

実は言葉の使い方そのものが伝言ゲームのようなものなのかもしれない。

2011年2月24日木曜日

山崎50

ぼくの中でモルトウィスキーの終着駅というかこれを飲んだらあとはもういいやみたいに思っていた酒。
山崎50年を飲んできた
先のエントリとのつながりからどこで飲んだかはわかると思う。

折角ならということで35年との垂直比較。

 今まで知らなかったんだけどどちらも原酒はミズナラだけなんだって。
35年の方は40度に調整されている。50年のほうは50度だけど調整無しらしい。たまたま選んだ樽の度数が50度だったのだろうか?

グラスに注がれて香りを比較。この時点では35の方が甘い香りがして良い。50の方はシンナー臭のようなものを感じた。
どちらにしても35を先に飲み進める。開くのを待たずとも十分に堪能できる。この辺は加水されているからか。35を堪能しながら時折50の様子を見るも中々開かない。寝ていた年数が長いから起きるのにも時間がかかるらしい。

結局飲み始めてどれくらい経ったのだろうか?1時間くらいか?ようやく50が開き始める。
35の安定した状態に比べ、50は不安定。開いたと思ったらまたグズりだす感じ。但し開いたときの美味さは35を超える。
なにより度数が高いってことはその分味も濃い。35を口に含み美味さを堪能しても50を口に含むと全てが消され50に占領される。

飲み終わった頃には至福の状態。飲み終わったグラスは暫くするとバニラ香も出てくる。この割合は流石50の方が強い。

さて、これでようやく山崎のオフィシャルボトル10・12・18・25・35・50を全て飲んだわけだが、ここで面白いことに気付いた。

ミズナラ原酒は12から入っているらしいが、酒の傾向は綺麗に3つに分かれる。
10・12のグループ、18・25のグループ、35・50のグループだ。
最後のグループは本当に類似だが、他の2つはまぁ大まかな傾向。

ぼくは現行の12を余り高く評価していない。12を買うくらいなら10を買ったほうがいいと思っている。
そして12と18はキャラクタが大幅に変わる。18はシェリーが強いのだ。そして18の力強さと25の上品な滑らかさは又違う。但し18を上品にしたら25になりそうな部分は感じられる。だからこの2つは類似グループ。
相変わらすぼくのなかでベストオブ山崎は18のままだけど、金額を無視すれば25はとても素晴らしい。

35と50を飲んでみてはっきりわかったことは、ぼくにはまだこれらの酒のよさを理解するだけの経験と味覚が備わっていないこと。
又いつか機会があれば改めて挑戦したい。


そういえば山崎50のボトルを使ったミキシンググラスが出来ていた。但し何故か左利き用。

C2C

ちょっと思い立つことがあって六本木カスクへ。
正統派オーセンティックバーって感じだけど、さり気に珍しいものも。
これは飲んだことが無い。43.4度。飲んでみるとそれ以上にアルコールがしっかりしていて苦味がはっきりしている。尤も苦味を強く感じたのはこれの前に飲んだ酒が原因かもしれない。

カスクでは最初に本命を2種垂直飲み比べ。その後ウォッカトニックをはさみこれ。そして赤ワインで〆。
因みに本日、バー1件で払った金額の自己最高記録更新。
帰りに「ありがとうございました」の言葉と共に深々と頭を下げてくれたバーテンさんが印象的だった。

そのまま素直に帰ろうと思ったけど日比谷で降りたのでキャンベルへ。
ここではボウモアの飲み比べ。1993と1994.

1993の方がキャラクタがしっかりしてるけど、1994もどうしてどうして。美味いじゃん。しかし飲む順番は明らかに1994→1993とすべき。
ぼくは逆に飲んでちょっと後悔。
とは言えね、1993が高評価な昨今。入手製も価格的にも手が出しやすい1994~1996あたりを飲むのもいいんじゃないかと思う。

2011年2月23日水曜日

で?

冗談ではちょくちょく言うけど、普段の会話では相手が不愉快になる確率が非常に高いので使わないように気をつけている返事がある。
「で?」

今日とあるところに電話したら
「xxは現在別の電話に出ております」
と言われ、そこで止まってしまった。電話した原因が先方の問題であったし、こちらもイライラしていたのでつい
「で?」
と聞き返してしまった。

だって、どうしたらいいかわからないもん。今までの経験だとそういった場合

「xxは現在別の電話に出ております。後ほど折り返しお電話をさせましょうか?」
などといわれることばかりだったんだもん。
まさかその後の行動をこちらに完全依存するような応答なんて未経験。

何はともあれ未だ心に余裕が無いとつい地が出るというか嫌らしい行動をとってしまうことに少し反省。

コインランドリー

先週末洗濯が出来なかったので家に帰ってきてからまとめて。結構な量。
部屋干しでも匂わないというトップの謳い文句を信じて部屋干し。しかし一部は明日も着たいので近所のコインランドリーへ。

洗濯物を入れ30分も回せば確実に乾くだろう。問題はその時間をどう過ごすか。お隣は銭湯なのでお風呂へGo!

久しぶりに全身にアートされている人を見たんだけど今風な言い方をすると痛体とでも言うのだろうか?尤もご本人にそんなことを言えばぼくが痛体になることは目に見えている。

乾燥機が終了するに十分な時間風呂に入り出てくると、洗濯物を乾かしにきたおばさんが。
「うち引越しだから洗濯ものたまっちゃって」
そんなことを言われても適切なアンサーを持っていない。
「あと3日だからクリーニングにも出していられなくて」
続けて言われても適切なアンサーを持っていないことに変わりはない。

昨今は人の繋がりが薄い、無縁などというが、意外とコミュニケーションを求めている人はいるものだ。

そういえば久しぶりにコインランドリーの乾燥機を使ったけど流石に自宅の洗濯乾燥機と違いフワッフワ。昔住んでいたところは家から歩いて30秒くらいのところにコインランドリーがあったからよく使っていたけど、やっぱこれはいいわ。お天道様の下で干すよりフワッフワだもん。

2011年2月21日月曜日

Whisky Live 2011

今年から名前も場所も変わったイベント。初めてのミッドタウン。

会場に入ると入口からすぐのブースで知り合いと遭遇。新宿のバーのマスター。
「あとで又飲みに来て」
マスターがブースの人と話をしてくれたおかげで、この後美味いバーボンをいただけることになる。まずは会場を回ることに。

今までに比べ会場が小さいこともあり、混み具合が増している。その反面ブースは減っている。未だウィスキーブームは続いていると思っていたけど下火なのだろうか…

twitterによる評判を見ているとブラックボウモアと山崎1984の評判が高いようだった。確かに両方共美味いけど、出てから随分と経つ酒だ。最近これらを超える酒が出ていないということだろうか?尤も僕はブラックボウモアの4thと類似の酒を飲んだことがないので、これを出されたら超えるものって思いつかないけど。
※ウィスキーライブには写真しかなかったけど、自分の中でブラックボウモアより美味いと思えるモルトはある。

僕はといえば今年はそれほど飲まなかった。モルトで美味いと思ったのは竹鶴35と山崎25。山崎25は僕の中で値段の割にそれほどと思っていたけど、改めて飲んでみるとやはり美味い。まぁ、10万は…だけど。
そしてホワイトボウモアが飲めなかったのが非常に残念。悔しかったのでブラックボウモアを頼もうと思ったけどこちらも既に売り切れ。去年も同じようなことになって来年から早く来ようと思ったっけ。

今年僕が一番ウハウハになれた酒は最初に書いた入口で出してもらったバーボン。Evan Williams 12yoだった。
「は?ウィスキーイベントで赤エヴァン?」
と思われるかもしれないが、オールドボトルの方は凄く美味かった。今日飲んだ酒の中で僕が一番顔を崩して飲んでいただろう。聞けばオールドと言ってもそこいらのものと違って樽から選んだとか。納得。
エヴァンウィリアムスといえばチェリーリキュールも美味かったというか非常に面白い酒だった。残念なのは日本で流通していないこと。

そういえば、とある店のマスターがいて、ウィスキーライヴ記念で今日なら山崎50を安価で提供しますと言っていたので、是非帰りに寄ろうと思ったんだけど、家を慌てて出てきたため、キャッシュカードもクレジットカードも持っておらず、手持ちの現金は安価になったとは言えそれをいただけるほど無かったことが悔やまれた。

2011年2月20日日曜日

場所はよく読もう

昨日、勉強会で池袋。

場所に池袋西武横店7号室と書いてあったのを見て池袋西武の7階と勘違い。まぁ、タチの悪い(?)ことに各フロアの説明で7階を見たら、なんか「ルーム・ルームズ」とか「催事場(冷静に考えればこれは店のイベント用だろう)」とか書いてあるからそんな部屋があると勘違い。
そのままエスカレーターで7階まで上がる。

7階に到着すると目に入ったのは骨董市。なんか違うんじゃないか?と、ここでようやく気付き西武の横にあるビルの7号室で行われていることに。もうアホじゃないかと…

自分のアホさ加減に気付いてしまえばあとは楽。骨董市を眺め
「あぁ、これ欲しい…でもお値段の方が…」
ちょっとした眼福。

この時点で勉強会の開始予定時刻は1時間ほど過ぎていた。

2011年2月18日金曜日

5000円の損、1000円の得、6000円の損、4000円の得

昨日の話だが知っている方から今週末のイベントのチケットを買って欲しいと連絡があった。
どうやらチケットが余っていたようだ。

前売券は5000円。当日券は6000円。
ぼくはまだ行くかどうかわからないので返事はあとでする旨伝えたが、ここでふと考えてみた。

  1. ぼくが行かなかった場合
    この場合ぼくの支出は0円、その人は5000円の損失
  2. ぼくがその人から前売券を買った場合
    この場合ぼくは当日券より1000円得をする。その人は損額0円
  3. ぼくが当日券で行った場合
    この場合ぼくは1000円高いチケットを買うことになり、その人は5000円無駄になる。合計6000円の損
行く場合、普通に考えたら2番の選択肢となるだろう。誰も損しない。

しかし、ここでふと考えてみた。ポイントは3番だ。
利害関係もない知人同士のプライベートな売買だからこういう考え方になるのであって、もしぼくがその人に損をさせたいと思い且つイベントに行く場合。
相当にヒネクレた考え方をしていて、その人の損は自分の得くらいに思っていたら3番の捉え方は変わるんじゃないかと。
そう、その人の5000円の損は自分の5000円の得なのだ。自分は1000円多く出費することになるが、合計で4000円の得じゃないかと。

利害関係が無いからそんな馬鹿げたことは考えないけど、もし仮に利害関係のあるライバル企業のような関係だったら?
相手の損失を減らさないために自分の出費を多くすることもあるのかな?
などと考えた。
例えば相手の企業が経営難、自分の企業に余裕があるなら、余計な出費をさせて潰れるのを待つとか。
自分の目ではそんな生臭いビジネス上の関係を見たことは無いけど、世の中にはそんなこともあるのかなぁ…

初築地

関東に越してきてから結構経つのに初めての築地。クーポンでふぐコース。

20時からの予定が、今日に限って急ぎの仕事が入り遅れてしまった。

ふぐ刺し、白子豆腐、ふぐサラダ、ひれ酒、子ふぐの唐揚、焼き白子(別注文)、てっちり。
今年に入って初ふぐ…じゃないけど、ふぐコースは初めて。充実した。

こんどはもっと早い時間に来て寿司とかも食べたい。あ、吉野家一号店も気になる。

しかし土地感覚が全然無いことを痛感。築地って銀座から歩いて行ける距離なのね。日比谷線で何度か通ってるんだけど、地図で言うと有楽町よりもっと左だと思ってた(実際は右ってか方角で書くべきね)…よくよく考えてみればそんなところに海はないのに。

土地勘を養うために帰りは有楽町まで歩いた。一本道で。

起業せよと言うけれど

インターネットの普及や昔のより発起人や資本金の制約がゆるくなったためか、若くして成功した人たちが起業を勧めていることが多い。最近ぼくが何冊か読んだ堀江貴文や勝間和代も言っている。

「起業せよ」

この意味を勘違いしてしまうと一億総社長になれと言っているようにとれてしまう。
全員が社長になる、つまり雇われるものがいない社会になるのを望んでいるのだろうか?
昔と違い全員が店を構えることは無いだろうが、そんな世界って世界が巨大な商店街ってことだろうか?
「インターネットというインフラがあるんだから全員が店を持てばいい」
いやいや、全員が一人で会社をやるならインターネットプロバイダも勿論だが楽天みたいなものは出来ないだろう。楽天という会社ではなく楽天という起業集団になるのなら可能かもしれないけど。

結局いわんとしていることは起業したい人が起業しやすい社会、失敗してもやり直せる社会が望ましいということだろうけど、ぼくでも先に書いた通りの勘違いをしてしまいがちだ。
起業したい人が起業しやすいように、雇われたい人が雇ってもらえる社会が望ましいんだよな。勿論雇われたいと思っているだけじゃなくて、雇い主の希望に沿うだけの働きをすることは必要。

起業を勧める人が社員を沢山雇っている、もしくは社員を雇っていた人の場合、きちんと説明しないと、自社の社員に辞めろと言っていると勘違いされるんじゃないか?と、ふと疑問に思った。

2011年2月16日水曜日

捨てる神あれば拾う神あり?

1つ前のエントリの続き。雪降る夜中飲み屋を求め新宿を徘徊。

最近酒の嗜好が変わってしまったので足が遠のいていた店に久しぶりに顔を出してみた。

blogの過去の記事からすると以前ターキーの14年を飲みに行ったのが2009年11月21日のようだ。それ以来だから結構経つなぁ。
そのときにはバイトの人だけだったので、マスターにお会いするのは2年ぶりくらいかな?幸い覚えていてくださったようで良かった。
(大袈裟だが)残酷な扱いを受けた後では天使と出会った様な気分。


ここは決して広くない店だがバーボンぎっしり。今都内では一番バーボンが多い店かもしれない。少なくともぼくはここよりバーボンが多い店を都内では知らない。

店内には既に3人組がおり、映画談義で盛り上がっていた。
片隅においてあったノートPCを片付けてもらい席を確保。そして目の前にあったターキーのヘリテージを注文。これを飲み干した頃には体も温まっていた。

ここからはお勧めで選んでいただいた。
まずはセンブヘブン。

ヘブンヒルの酒。好きな味です。気に入りました。

そしてパーカーズ。これはまだ日本に入ってきていないらしいです。

これも美味い。多分こちらの方が美味いという人が多いのでしょうが、昨日のぼくの舌では先のセブンヘブンの方が気に入りました。

パーカーズを飲む頃には最初にいた3人組は帰って別のお客さんが隣に座っていたんだけど、実はその3人組、特に真ん中にいた人はとても有名な人だったらしい。
誰か気になる人はマスターのブログに載っているサインを見てください。
因みにぼくも
「えぇえ?マジで?」
ってなりました。隣の人たちの顔なんて見なかったし、まさかそんな人がいるとは…


色々あって嫌な気分だったのもこの頃にはすっかり忘れ上機嫌。先の店に入店できなくて良かったのかもしれない。

2011年2月15日火曜日

初めての入店拒否?

昨晩は雪。関東なら大雪って言ってもいいくらいの降りだったんじゃないだろうか?

そんな天候だったけど職場で飲み会があり、遅めの時間まで職場近くで飲んでいた。
店から出ると雪が積もっている。家に帰れなくもないが、翌日の出勤を考えると近場に泊まるのが得策と判断。新宿で一人飲みなおす。

かねてから行こうと思っていた新宿三丁目のバーを目指すも場所がわからない。
携帯で検索してもぱっと見わからない。少しウロウロしてエレベーターがあるのに気付いた。エレベーター横の看板を確認。間違いなし。
エレベーターに乗り目的の3階へ。重そうな扉を開けて中に入ると更に扉。その向こうに店員さんが立っている。
扉を開けると店員さんが話しかけてくる。
「申し訳ありません、本日満席でして…」
僅かな時間に店内を見渡すと5席以上はあるだろうカウンターに二人お客さんがいる。反対側の壁にも椅子があるようだが誰も座っていない。
どう見ても満席には思えなかったが退散。

予約が埋まっていたのか(午前1時ごろに?)、たまたま他の席のお客さんが席をはずしていただけなのか、聖ヴァレンタインデーに男一人はダメなのか、格好が店に合わなかったのか、兎にも角にも腑に落ちない対応だった。

普段行く店のマスターに
「いい店ですから是非行ってみて下さい」
と紹介されて行ってみた店でこんな対応をされたのは初めてなので、自分なりに納得できる答えを探している。

僅か数分の出来事。エレベーターを降りても雪は止んでおらず、水と雪に化粧された道路に足跡を付けながら次の店を求め歩き始めた。

2011年2月13日日曜日

初二郎

夜に池袋の飲み屋へお誘いがあり、呼ばれるがままに赴く。

行って話を聞くと、「この後二郎に行きます」とのこと。
ラーメン二郎。ぼくが関東へ越してから噂はかねがね聞いている。しかしその内容は両極端で、中毒化した人と二度と行かない人に分かれている。
中毒化した人の話を聞いても特別美味しそうには思えなかったし、量が売りの店というのに僕は興味がないし、何より並ぶ店が嫌いなので、ずっと足が向かなかった。

が、しかし、この流れ。二郎童貞を捨てる時が来たようだ。

そして池袋二郎へ。幸い店外に並んでいるお客さんはいなかった。
初めてということもあり普通の量少なめで注文。それでもしっかりモヤシ・キャベツ・豚肉が入っている。噂通りのうどんに近い麺。しっかりとした小麦粉感。野菜はヘルシーな感じがするけどそれを相殺する豚とスープの脂。
完食とまではいかなかったけど、ほぼ食べることが出来た。

感想を言うと、不味くないどころか意外と美味しいんじゃないの?かなりグルタミン酸ナトリウムが入っている感じはしたけど、それを含めて中毒性があるというのは納得できる。7時間ほど前に食べたことになるけど、実は今もうちょっと食べたくなっている。

とは言え週一で食べたら禿げそうな感じがした。月一くらいなら大丈夫か?個人的には半年から一年に一度食べるくらいが丁度いいような気がする。

百聞は一見に如かず。やはり食べ物はどれだけ人の話を聞くより自分の舌で確かめるのが一番だと改めて思った次第。

次に行くジロウは数寄屋橋がいいなぁ

捨てられぬ380円

家には3本の傘がある。ビニール傘、3000円くらいで買った傘、そして380円で買った傘。
これらとは別に折りたたみもあるが、これは鞄に常備。

さて、普段出勤時に雨が降っていると380円の傘を利用している。3000円の傘は無くすと凹むので滅多に使わないのだ(だったら何故買ったのだろう)。
木曜日の帰りに寄ったラーメン屋に380円の傘を忘れたことに気付いたのは電車の中。金曜日は雪で家から出ずにいたのだが気になっていた。そして土曜日、買い物ついでにラーメン屋に行くと幸いぼくの傘は傘立てに残っていた。

普段無駄遣いも多いのに、どうせ週に一度は行くラーメン屋だから次に行った時でもいいのに、もし次に行ったときに誰かが持って行ってしまっていたら損をしたような気分になる。捨てたような気分になるのだ。だから勿体なく思えてわざわざ取りに行ってしまう。

普段の飲食での浪費の割に、こういう部分では380円が勿体なくて頭の片隅から離れないのは何とも不思議なものだなぁと思う。

使えるものを捨てることが出来ない性格故だろうか。

2011年2月12日土曜日

今年こそ免許取得

早いもので自動車運転免許を無くしてからもう10年近く経つ。
無くした当時は次の日の生活をどうしようかとまで思ったものだが、無くなっても意外となんとかなるもので、特に関東に越してきてからは必要性をあまり感じない。

実際こちらに住んでいると無くて困ることはあまりない。困る時があるとすれば大きな買い物をしたときだ。重量の問題以上に大きさの問題は大きい。引っ越して棚などを買ったときは兄の車で運んでもらい、27インチだったかのPC用ディスプレイを買った時には駅からタクシーを使った。

しかし、大きなものを買うことなどそうそうない。家具にしたって店に運んでもらえる。
じゃあ車はいらないのか?というとそれも違うんだなぁ。
今は通信販売でほぼ何でも買える。風俗すらデリバリー出来る時代だ(これを通信販売と呼ぶのかはおいといて)。車がある最大のメリットはフットワークの良さ。思い立った時に移動ができる。

自動車通勤をしていた頃、家から職場までは10km弱。この距離があると、経路は色々選択できるし、家と会社の間には色々と店がある。そうなると行はともかく帰り。食事するにしても何かを買いに行くにしても車は非常に便利なのだ。なんせ好きな所に行ける。発売日にCDやらゲームやらを買いに行くにしても数件回ることが出来る。当時はビデオレンタルをよく利用していたけど、旧作が豊富にある家から15kmほど離れた(会社と反対方向)のレンタル屋の会員にもなっていた。

因みに電車通勤でも定期の範囲内であれば無料で乗降でき、特に関東圏なら店も豊富にあるし、電車料金も安いから上記のような車のメリットは薄れる。これもよくわかっている。
しかし、家に帰ってきてからでも自由に動き回れることは非常に便利。

先日自動車の維持費で1年間にタクシー初乗り1100回乗れるなんていう記事を見て、そういう意見も正しいけど、普通に考えたら初乗りの距離なら自転車で通うんじゃないの?と思った。
名古屋でもそうだったけど、通勤時間は渋滞が酷い。初乗りの距離なんて高々2kmだ。天候が悪い日はともかく、普段なら自転車を使う方がいいでしょう。歩いたって30分弱だ。

自動車通勤のメリットは上記に書いた通り、単に家と会社の往復以外のことをこなすことが出来るところにもある。ちょっとコンビニに寄って買い物しても料金が加算されるなんてことはないのだ。

ただ、先にも書いた通り関東圏に住んでいる限り、僕が言っている「途中でどこかに寄れる」もあまりメリットじゃない。路線が豊富にあり、その時間間隔も短い。通勤時間の山手線なんて次から次に来る感じだ。
じゃあやっぱり車はいらないんじゃないの?
というとそれも違うんだよなぁ。家に帰ってからでも休日でも買い物なりドライブなりに行きたい。名古屋に戻る頻度を増やしたい。そもそも運転が好きとかまぁ色々。

買おうと思っている車が、中古で50万以下でタマがごろごろあるというのも免許が欲しい動機の一つだけど。

2011年2月11日金曜日

初雪?

初雪じゃないかもしれないけど、ここではっきりと雪を見るのは初めて。

この冬の雪体験は盛岡・名古屋で、東京及び千葉ではまだまだだったんだけど、今日はちゃんと雪が降ってる。駐車場の車の屋根にちょっと積もってる。

今ぼくが住んでいる家はエアコンしか暖房がなく、その暖房の効きが悪い。エアコンの暖房っていうのはおしなべてそんなものだろうと思うけど。
石油ファンヒーターかガスファンヒーターが欲しいけど、前者は使用禁止だろうし、後者は台所のコンロのところしかガスの口がなくて実質使えない。

布団から出ても寒いので電気毛布付けて布団に入りながらPCをいじるくらいしか出来ない。どうしようもなく不便だ。

そろそろ家の中で服を着るという文化を覚えたほうがいいのかもしれない。

ビッチが嫌い

ネットでビッチという言葉を見かけることがある。
ぼくはこの言葉がどうにも好きになれない。はっきり言えば嫌い。

所謂尻軽女を指して使われる罵倒語みたいだが、過去に何人かの男性と付き合ったことがある女性を指して使われている場合を見ることも稀にある。
素朴な疑問。
何がいかんの?
いや、罵倒される基準みたいなものがあり、それを満たしているならわかる。
でも恋愛した数、肉体関係をもった人数で安易に女性に尻軽のレッテルを貼っていいものだろうか?
人それぞれに考えもあるし、マジメにお付き合いして3ヶ月くらいしか続かなかったことがあったとしても不思議じゃない。そりゃ毎回そんな感じで10人とかなら僕も疑問を持つと思うけど。

すぐに女性と肉体関係をもっちゃうような男、もしくはそんな男が友人関係にいる人も少なくないだろう。その友人を蔑視するんだろうか?体験談を聞いて笑ってるんじゃなかろうか?
そしてもし仮に自分が初対面の女性と名前すら聞いていないのにいい雰囲気になったら、そのまま関係を持っちゃうんじゃない?
性別が逆で結局同じことなのに何故女性の場合だけ酷い言われ方をするのか?
根っこの部分に女性蔑視があるような気がしてならない。そしてネットで皆が使っているビッチという言葉が使い易くて安易にそういうレッテルを貼っているような気がする。

と、ここまで書いたけど、公衆便所っていう言葉には不思議と嫌悪感が無い。

アイドルの歌唱力

80年代がメインだけどアイドル好きなわけです。その割には佐藤竹善とか矢野顕子とかおおよそアイドルとは思えない様な人たちも好きでして。

もし歌手を好きになる理由が歌唱力、所謂音程・リズム・声量のようなことが主であればアイドルなんて好きになるはずもなく、何故好きかと時々思うことがあるんですね。好きなものに理由を求めるのも実にくだらないと思いますが。

一番の理由は多分楽曲。キャッチーな歌が好きだというのがあると思うんですが、じゃあその歌をもっと歌の上手い人が歌えばいいのか?というとそれも違うんだよなぁ。

先日、帰宅時の中央線社内でこんな言葉が脳裏をよぎった。
アイドルは顔まで含めて歌唱力
実はこれが核心なんじゃなかろうか?更に言えば
アイドルはキャラまで含めて歌唱力
ここでいうキャラ(クター)とは、先に挙げた顔はもちろんのこと衣装や性格・嗜好などの設定を含めたもの全て。そしてそれに合わせて作られている楽曲も含む。

こうなると合点がいく。


皆好きな人(やバンド)を選べばいいだけで、歌手に点数付けたり比較するのもバカらしいと思うけど、例えば矢野顕子の歌唱力(この人はピアノも含まれるから適切じゃないなぁw)をぼくの評価で90点くらいとする。そして、例えば、そうだな…しょこたん。彼女の所謂歌のみの歌唱力を50点くらいとする。この時点では矢野顕子の方が遥かにいいわけですが、ここにキャラまで含めた歌唱力でしょこたんは90点くらいにアップするわけです。こうなるとぼくのなかで矢野顕子としょこたんは比肩し得るアーティストになるわけです。

何故この二人を出したかって?当然ぼくがどちらも大好きだから

でも、その人が好きとかじゃなくてもたまたまこの歌をこの人が歌った作品が好きって言う場合もあるのよね。それこそ歌が上手いかどうかじゃなく。

結局、歌唱力だけあればいいってもんじゃなく
理屈抜きで聴いて(見て)自分が満足出来ればそれでいい
という当たり前の結論に落ち着く

2011年2月9日水曜日

最近買ったCD ~今更気付いた名曲~

先週、初めてAmazonのコンビニ宅配を利用したのを皮切りにCDを何枚か購入。
まずは渋谷哲平ベスト

久しぶりにDeep聴いたけど、曲より歌詞よりコーラスが…
抜粋してみると以下のようなコーラスが入っている(カッコ内がコーラス)。
Deep 青い海 (うみうみ)
Deep ヨットから (からから)
Deep 蒼ざめた (めためた)
Deep くちづけに (けにけに)
Deep サーフィンで (んでんで)
Deep やけた胸 (むねむね)
Deep 海原に (らにらに)
Deep 探してと (てとてと)
このセンスは今の歌には無いなぁ。80年代前半くらいまでで絶滅したと思われる。
今年あたり又こういったコーラスが流行ってくれることを密かに期待している。

そしてうしろゆびさされ組+うしろ髪ひかれ隊ベスト

奇面組シンガーっていう印象が強いこの2つのグループ。
ぼくの中では前者の方が印象が強いけど、後者は工藤静香や生稲晃子を排出。後の活動を考えると後者の方が長く残る人材を輩出しているけど、一番の勝者は高井麻巳子か?まぁそんなことはどうでもいい。
さて、このアルバムを聴いて改めて名曲であることに気付いた曲がある。
うしろゆびさされ組のかしこである。
後藤次利の作曲・編曲した曲もいいけど(どうやらぼくは後藤次利のベースが好きらしい)、歌詞がまたいい。
学生の成就せぬ淡い恋(初恋だろう)に思わせる歌詞。

何も言い出せず卒業式で別れてしまう。しかしその思い出を忘れずにこれからの人生を進んでゆくという前向きな詞。「お別れだけど、淋しくなったら今この日を思い出せば又会える」といった内容だが、この中の「あなた」をファンの皆さんとして聞いても意味が通じるし、むしろそのつもりで歌詞を書いたんじゃないか?と思える。
秋元康って素晴らしい作詞家だなぁ。
ぼくはこの歌にキャンディーズの微笑がえしと同じようなテイストを感じた。
ちなみにリアルタイムで聴いていたときにはなんとも思わなかった。鈍感だったのかなんなのか…

そしてチックコリアのランデヴー・イン・ニューヨーク

ぼくの好きなSALT&SUGARの結成動機がチックコリアとボビー・マクファーリンの共演を見たことだったというのを読んだので買ってみた。久しぶりにSACDを買ったかもしれない。
一度通して聴いたけど再度きちんと聴きたい。

そして中山美穂のパーフェクト・ベスト

中山美穂のベストCDがあったはずなのにどこかへ行ってしまったようだったので購入。
改めて聴くと流石に売れっ子アイドルはいい歌もらってるなぁ。
売れないアイドルって聴いてても「誰がこんなの買うんだ?」と思うような本当にダメダメな歌を歌っていたりするけど、このクラスになるとそういう歌が無い(ベストだからか?)
中学時代のインプリンティングというのは中々しつこくて、未だにツイてるねノッてるねの歌いだしの「Lucky girl Lucky girl」は脳内で「ワキガー ワキガー」と再生されてしまう。

こっからはまだ聴いてない。なんせ今日買ったばかりで

Stan GetzとJoao GilbertoのGETZ/GILBERTO

このCDはリマスターやらなんやらでCD/SACD共に複数出ている。最近もSHM-SACDが出たようだが、Amazonのレビューではあまり評判が良くない。ぼくとしてはSACDは欲しいがHybridじゃないと嫌なので、SHM-SACDは買わないつもりだった。
幸い新宿のタワレコにHybrid SACDが置いてあったので購入。

そしてウェザーレポートのCDを買おうか迷っていたらその下の棚にWill Lee。2枚まとめて購入。





2011年2月8日火曜日

性同一性障害と同性愛の疑問

しょーもない疑問なんだが。

性同一性障害(以降GID)と同性愛というのは別物らしい。
確かに同性愛者が全て異性になりたいと思っているなら同性愛者同士の恋愛って成立しないよね。
男が好きな男が女になりたいと思っていて男が好きなら同じタイプを好きになるとは思えない。
この時点で今回のエントリは読みにくいだろうなぁ…w

さて、疑問というのはこういうことだ。
GIDと同性愛が同一でないなら、両者を備えた者がいてもおかしくないはずだ。
わかりにくいかもしれないがこういうことだ。
体が男で心が女の性同一性障害者で且つ女性が好きな人もいるのでは?
GIDと認定され、性転換手術も行った人が、転換後の性と同じ性の人に対して恋愛感情を持つ可能性もあるのではなかろうか?と。

そういう人がいたとして(可能性は十分にある)、、そのような場合性転換手術が望ましいのかどうか?
精神的には肉体と精神の性の同一性を保つために性転換手術を行うことが望ましいんだろうけど、性癖的には肉体がそのままの方がよいような気がするし…

人による部分もあるだろうから一概に答えは出せないと思うけど、こういうことを考えだすと自分の中で結論が得られずモヤモヤする。

出来ればこの駄文を読んだ方が同じようにモヤモヤ感を共有していただければ嬉しい。
※ぼくのモヤモヤ感が減るわけじゃないけど

2011年2月7日月曜日

嫌いを例える表現

好きな人がどれくらい好きかを表すのに
「この人がいなくなったら生きていけない」
ってのがある。ドラマとかで使われそうなありきたりの表現だ。とても好きだという、愛しているという感じが直球で伝わると思う。

さて、その逆。嫌いな人がかなり嫌いなのを表すのに的確な表現ってどんなのがあるだろう?
「この人がいなくなるまで生きてやる」
先に出た好きの表現の逆だ。なんとなく好敵手っぽい感じがして、嫌いというよりお互い頑張って生きていこうって感じがしてしまう。憎悪感が無い。

言葉って言うのは難しいなぁ

2011年2月6日日曜日

3日ぶりの帰宅

そんなに忙しいわけでもないのに木曜日に出勤してから帰宅したのが日曜日午前2時。
日付的には3日ぶり。自分の感覚では2日ぶり。

木曜日。退社後飲みに行くのは予定通りだった。夕方頃職場の女の子が
「安藤さん明日、金曜日の夜飲みに行きませんか」
と誘ってくれたのでオッケー。ここまでは問題ない。

そして木曜日の夜。渋谷にて蕎麦→バー→居酒屋。帰路に着いたのが0時過ぎ。
帰れると思っていた。が、銀座線は既に終わっており、山手線へ移動すると人身事故で止まっていた。
よし。開き直ろう。
運転再開を待つようなことをしてもきっと嬉しい結果にはならない。ならば家に帰るのは諦めてしまえ。そうだ、折角なら渋谷から新宿まで歩こう。
そうなったら気楽だ。新宿に向かい歩きだした。
初めて歩く道ばかりで新鮮な景色。原宿を通り抜けるがクレープなんて売ってない。そりゃそうだよな。夜中だもん。
当初の予定は代々木の手前で断念。タクシーを拾い新宿三丁目まで移動。そして飲みに行く。
店に入るとマスターが誕生日だとかいう話で何故かシャンパンを開ける羽目に…その後赤ワインとG&Mストラスアイラ42年ものを飲んで時間を見ると4時近く。近くのカプセルに泊まりそこから出社。

金曜日。夜は誘われたとおり飲みに行く。場所は職場のビルの地下にある飲み屋さん。
適当につまみを頼んでハイボールから入って日本酒と焼酎。
飲みながら話をしていたら、まだ暫く今の職場にいられるみたいだと安心。そんな話が聞けただけでも飲んで良かった。
そして気がつけば0時頃。僕だけ先にそそくさと退散。そして御徒町。連日の疲れが出たのか急に眠気が襲ってきてジントニック1杯でこれまたそそくさと退散。なんか色々と面倒くさくなり一蘭でラーメン食べてサウナで寝た。

そんなこんながあって土曜日も街をウロウロし、帰ったのは終電1本前。しかも松戸駅からわざわざ遠回りをして歩いて帰ったのでより時間がかかった。

まだまだ若いなぁ〜
そんなことをちょっと思えてしまう週末だった。

2011年2月3日木曜日

饒舌な人見知り

人見知りである。
そう書いたら「またかよ」と思われるかも知れないが、初対面の人と話すのは得意じゃない。
しかしながら一人で飲みに行ったりすると初対面の人と話すことがある。それはする。大抵地雷踏むけど…

僕は饒舌な方だと思うけど、喋るのが好きということ以上に無言の間が耐えられないのだ。
一緒にいる人につまらない時間を過ごさせているような気になるのが耐えられない。
結果饒舌になっているだけ。僕が腹抱えて笑える話をしてくれる人がいれば黙って聞いてる。実際今までもそうだった。
そんなわけで僕自身人見知りだと思っているけど、結果はそうなっていないんだろうな。

そんな僕だけど二十歳頃に付き合っていた女性が超無口で女版高倉健みたいな感じだった。
兎に角会話が続かない。1日デートして僕が単語数で20単語喋るかどうか。
あれもトラウマになってる。
あんな空間、二度と味わいたくない。
あんなデートするなら一人の方がいい。

そんなことを考えながら山崎の18年を飲みながらこれを書いてる。
酒はいい。より饒舌にしてくれる。

ところで最近目覚めたのか嵐の二宮君が気になる。彼が目の前にいたら緊張して喋られない。

2011年2月1日火曜日

「茂木健一郎 VS 堀江貴文「日本を元気にする!3」へ行ってきた

茂木健一郎 VS 堀江貴文「日本を元気にする!3というイベントがあったので行ってきた。


19:00開場20:30開演ということで19:15頃開場到着。しかし、手作り感のある開場は待つに適当な場所がなく、外に出たりうろうろしたり。春だったらこの作りは丁度良かったと思うんだけど折からの寒さで居場所に困った。


開演時間。会場へ入ると真ん中にちゃぶ台とそれを取り囲むように小さな座布団とアンケート用紙。空いている場所に座る。真ん中から2番目の列。


茂木氏と堀江氏登場。後ろ側になってしまったがホリエモンが僕の目の前で話をしている。その距離約1mってところだろうか?茂木さんはホリエモンの方を向いて話していたので終始顔を拝見することができた。


ホリエモンが話している比率が多く、その内容はホリエモンが本に書いているようなことが多かった。話の流れを彼が作っていたし彼が多く喋っていたから仕方ないけど、彼の本を何冊も読んでいるので新鮮味がないというと失礼だが、もっと他のことが聞きたかったかな。


とはいえ面白い話も聞けた。とりわけホリエモンの思考というか行動の中心にあるのがセックスなんじゃない?と思えてしまうような理論付けはなかなか他では聞くことが出来ない斬新な考えだと感じられた。
例えば今内乱が起きているエジプト。そしてその周囲のイスラム教圏で戦争が多い理由がイスラム教が婚前交渉を禁止しているからだとか。多分適当に言っているわけではなく、何らかの文献なりで得た知識だろうけどテロを起こす実行犯は童貞が多いらしい。そしてその童貞クンはテロで死んだら死後の世界で女性に囲まれて思う存分セックス出来ると言われてやるとか(ほんまかいな?)。だから婚前交渉禁止じゃ無くすればテロは減るって。
こういう話って恐らく本人は問題の一端をピックアップして言っているだけだろうけど、言葉通りに捉えるとセックスさせれば平和になるのか?という反論を受けそうだ。
いやぁ、世界中の人が毎日セックスばっかしてれば平和だろうけどさ…
この話でホリエモンが何を言おうとしていたのか?これは本人が言ったわけでなく僕の感想になるが、インターネットは勿論だがそれ以前にもテレビなどで世界中の情報が得られる時代に、古くからあるしきたりをいつまでも守らず時代に合わせて変化させていけばいい。そうすれば時代と環境に適合した戒律を作ることが出来て戦争は無くなる、無くならなくても減るということではなかろうか?
対する日本。店舗内に電車のセットを作り電車で痴漢のプレイが出来る店まである。ホリエモンはこのことに関して
「日本って凄くないですか?」
と茂木さんに同意を求めていたけど、わかる人の方が少数派の同意の求め方だなぁ…


そしてセックス絡みで言うと秋葉原連続殺傷事件の加藤被告。ホリエモン曰く
「もし事件の当日彼が玄関を開けたらそこに全裸の女がいて『貴方が好きでしたと言ったらあの事件は無かった」
と。
同意。
しかし、一点同意出来ない部分が。
他人の家の玄関先に全裸でつっ立っている狂った女なんて怖くて抱けるかい!
それはともかく、案外そんなもんだってのは外れてない様な気がする。
しかし先のイスラムの話もこの話もほぼ納得できるが腑に落ちない部分もある。それは童貞はセックスの気持ちよさを知らないんだから果たしてそれが抑止力たり得るのか?ということだ。しかし童貞の方がよりセックスに対する好奇心が大きいと思われるので、非童貞よりも抑止力たり得るのかもしれない。これは統計を取って欲しい課題だ。
※ところで童貞の定義って何?


お話の最後の方でスーツ批判をしていたので、流石にそれではスーツの方も気分が悪かろうと思い手を上げて質問してみた。但し茂木さんとホリエモンではなく会場のスーツを着ている方に
「スーツの方は好きで着ているんですか?」
茂木さんが近くのスーツを着ていた方に理由を聞いたところその方はお医者さん。年配の患者さんはネクタイをしていた方が安心されるそうだ。「会社がスーツと決まっている」といった返答でなくよかった。
この時ホリエモンにも
「学生服は着ていなかったのですか?」
と聞いてみたら最初は着ていたけど途中から着なくなったらしい。
学生の頃からそうだったんなら今スーツを批判したり言いたいことを言っているのも納得だ。


結局予定終了時刻を大幅に過ぎて終了し、とても楽しい話を色々聞くことが出来た。
トークライブ(でいいのか?)というものに来たのが初めてだったけど、こういうのも面白い。

2011年1月30日日曜日

1000円床屋と普通の床屋

床屋。実に卑猥な名前だ。

それはさておき最近よく見かける1000円床屋。作業をカットのみに絞って低価格になっている。
本来の狙いはがっつりとカットすることではなく、ちょっと伸びたら揃えて貰うという身だしなみの延長みたいな使われ方だと思う。

ぼくは床屋が苦手なので最近はもっぱら1000円の店ばかりに行っていた。とっとと終わらせて欲しいのだ。
どうせ家に帰れば頭は洗うし、髭もそってもらう必要なし。そもそも色気を出してモテようという気持ちがからっきし無い。髪型とか見た目を気にしてない。これはこれで問題だということは自分でもわかるが、そのために1時間なり拘束されることが耐えられない。
そんな自分からしたら1000円床屋のシステムは画期的。当然こちらを愛用することとなる。

しかし、なぜか今日久しぶりに普通の床屋へ。頭も洗ってもらい顔そりもしてもらって…気持ちよかった。うん。このエクスペリエンスのために追加料金払ってもいいわ。歳をとって時間に対する心の余裕が出てきたのかもしれない。
しかし、久しぶりだったので、床屋のプロセスをすっかり忘れており、顔そりの段階で
「眉毛の下どうなされますか?」
と聞かれて、なにを尋ねられているのかわからなかった。
そういえば剃るのよね。

たまには普通の床屋さんも悪くない。
しかし、髪が伸びた頃にはこんな気持ちも忘れているんだろうな。

CDの整理・Want More MONEY

CD-RやらDVD-Rというメディアが出て随分経つ。

今のようにハードディスクが安価になってしまうとメディアに焼くよりハードディスクに保存しておいたほうが安くて利便性が良いので最近ではめっきり使わなくなってしまったが、以前は色々焼いていた。

そんなわけでラベルになにも書いていない何が入っているんだかわからないようなCD-RやらDVD-Rがあるので中身を確認して整理していた。

すると当然の如く変なものが出てくる。

以前友人と作ったハマショーのMONEYのリミックス。自称Want More MONEY Version
MONEYからヴォーカルの「まね~」の部分だけ取り出し、前奏の部分に重ねてピッチとテンポを変えて色々。それだけで9:30とかよくやるわって感じだけど。久しぶりに聴いたら結構笑えた。

他にも素人ソングCDとか。
滑舌の悪いシンガーが「キンタマ君のこころ」とか「忘れられない歯磨き付いてる」とか言ってる(※そう聴こえるだけで本人はクソ真面目に歌っている。しかし本当の歌詞は滑舌が悪くてわからない)のも久しぶりに聴くと新鮮。これも笑えた。

古い本を整理していると読んでしまうように作業は停滞する。

東京の蕎麦屋で初めて天ぷら用の調味料が付く店を発見

僕は蕎麦屋では天せいろを頼むことが多いんだけど何故だろうか東京で僕が行った蕎麦屋はことごとく天つゆor塩が付いてこない。

どういう思想があるのかはわからない。天ぷらをそのまま食べるとは思えないので蕎麦汁に浸すんだけど、これは蕎麦汁に油が浮いて嫌になる。嫌になるけど仕方なくそうしていた。油の浮いた蕎麦汁で蕎麦を食べることの利点は未だわからない。

しかし、知人に今日教えてもらった店は天つゆと塩(抹茶塩)が付いてきた。こうでなくちゃ。
場所は大塚の岩舟という店。
蕎麦も天ぷらも美味しかったし金額も普通の蕎麦屋並。

twitterで知り合った人に店を教えてもらう。ネットの普及で有難味を感じる時である。

2011年1月28日金曜日

英会話カフェ

勢いでクーポンを買ってしまったので英会話カフェなるものへ行ってきた。勿論一人で。

「やっぱやめようかな。明日でも来週でもいいんだし…」
初めてのことは不安になる。店の場所を見つけたあと躊躇。階段を上り目的地の一階下で声が聞こえてきて躊躇。

「やっぱやめようかな。明日でも来週でもいいんだし…」
だけど一念発起。思い切って扉を開ける。

中は3つほどのテーブルそれぞれに5人ずつくらい人がいて皆英語で会話をしている。
簡単な受付を済ませるとそのうちの一つのテーブルに案内され皆の輪の中に入る。ここで先生(?)が軽く挨拶してくれ自己紹介。と言っても名乗るだけだけど。
僕が入ったときにはどの国のイントネーションが一番難しいかという話になっていた。他の人が中国だのフランスだのと色々答えているのを聞いていると自分の番に。予想外。
「Chinese」
実際には他の国の人の英語なんて聞いたこと殆ど無いし、どれが一番難しいか簡単かなんてわからない。いや、僕にとって一番聞き取りやすい英語は日本人の英語だけど、多分それはこの会話で正解ではない。

その後も、長期休暇の話とか映画の話とか休日に何をしているかといった雑談を続けて時間終了。
お客さんの年齢層は学生さんから僕より年配の方までバラバラ。
こういうところって元々海外生活経験があるとか、これからそういうことを目指している人がくるものだと思っていたから周囲の英語レベルが高くてどうしようもなくなるんじゃないかという不安もあったけど、案ずるより生むが易し。結構なんとかなった。

余暇の過ごし方の話をしていたとき映画館には10年くらい行っていないという話をしたら
「何故行かないんですか?」
と聞かれ、返答に困っていると
「高いから?」
と聞かれたのにはちょっと「オイオイ、俺の稼ぎそこまでは低くないぜ!」って思ったけど、それを英語で言うのは難しくて助かったね。
いや実際のところ決まった時間っていうのが苦手という理由が大きいんだけど、それまた英語で言えない。結局
「何故なのか自分でもわからない」
と答えておいた。

そういえば会話の内容はある程度覚えているのに、その英語が出てこないっていうのは不思議だなぁ。

名古屋発どえりゃあ革命!

そんなタイトルの本を読んだ。著者は河村たかし。

ぼくは河村たかしがどうにも受け入れられなかった。原因の一つが名古屋弁。
「おいおい、お前が名古屋弁を嫌いってどういうことだ?」
と言われそうだが、名古屋弁は悪くない。むしろ良い。関東に3年も住んで、僕も今では名古屋弁が取れてしまったが、やはり地元の言葉は心地よい。
しかし、これは場を考えて欲しい。全国ネットや他府県のテレビ番組で自分の主張を言うのであれば標準語で喋る方がいい。標準語っていうのも曖昧かもしれないけど、所謂関東っぽい言葉。己の主張をより多くの人に伝えたければ母集団が多い方を選ぶ程度のことはすべきだと思うから。少なくとも国民全体を考えなければならない国会議員の頃はそうすることが好ましいと考えるからだ。
そして、この本を買って改めて河村たかしの写真をみて気付いた。この人楽天の三木谷氏と同系列の顔だ…あの手の顔の人は苦手なのだ。お二人とも面識はないが、何となく話をしても手玉に取られそうな感じ。

さて、肝心の本の内容だがとにかく読みにくい。なんせ文章が名古屋弁で書いてあるんだもん。
先にも書いたとおり地元の言葉は心地よい。しかし、口語である。これを文章にされたらとても読みにくくなるということがよくわかった。
内容は書いてあることを素直に受け止めると非常にいいことを言っているように思える。
しかし、減税し自治を住民に任せるならそれは金を払わなくなった代わりに住民に別の負担がかかるわけだし、全ての人がそれを受け入れられるか?というのは疑問。著者の指示をしてくれている人たちなら喜んでやるんだろうけど。尤も本の内容を信じるならモデル地区の方たちは活き活きとそれをしているそうなので、それが全体に広がってもうまくいくのかもしれない。
そして議会を批判するのはいいけど議会議員が果たして著者のように本を出して売れるだろうか?嘘を書いているとは思わないけど、少なくとも批判するなら相手の意見が自分と同じ程度の露出度というか伝搬力を持っていなきゃどうしたって世論的に自分が有利になることくらいわかっていると思うけど。
まぁ上記のように気になることが無くもないけど、本に書いてあるようなことが本当に出来るなら是が非でも名古屋に帰りたいと思わせてくれる一冊だったことも間違いない。

市長が誰でも僕は名古屋が好きだけどね。


早朝気持ちが悪くなって起きてしまう

最近ちょくちょくあるんだけど、朝方、目覚ましが鳴る時間より数時間早い時間夜中の終わりかけに目が覚める。
吐くところまではいかないけど、原因は吐き気を伴う気持ち悪さ。
そうなったときのことを思い返すと

  1. 前日に酒を飲んでいる
  2. 異常に寒い
  3. 空気が乾燥している
といったことが共通点かな?
まぁどれが原因かはほぼ明白というかこの3つならどう考えても酒だろうと思うんだが…


しかし、今朝の場合この3つのコンボで顔は冷たいわ喉はカラカラだわでそれらが原因で体調を崩して吐き気がしたんじゃないかとも思える。
なんにせよ冬が終われば下の2つは発生しなくなるのではっきりするはず。

ちょっと臆病になってる僕はアフラックに資料請求してしまった。

逆輸入の山崎18が安く買える

「山崎18 逆輸入」
で検索すると逆輸入ものの通信販売が色々出てくる。
希望小売価格21000円、通常最安値でもいいとこ1万8千円台の酒が逆輸入ものだと1万3千円台で簡単に見つかる。今の円高のおかげでこの値段だ。
頑張って探せばこれより安い価格で見つけられると思うけど、それにしたってこの値段でも十分安い。

日本向けと海外(ヨーロッパ)向けの違いって若干海外の方が苦味が強い気がするのでおそらくシェリー樽の比率が多いのかな?体調によって単にそう思えただけかもしれないけど、他にも味が違うと言っている人がいたから何らかの違いはあると思う。
どちらも近い味だし山崎の18は本当においしいお酒だと思っているので、好きな人は買うことをお勧めします。
12を7000円で買うならこっちを買って飲む量を半分にするという楽しみ方もあります。
美味しいからもっと飲みたくなるんですがね。

2011年1月27日木曜日

英語のお勉強について

ちょっと今日話題になっていたので。

英会話でコミュニケーションを取る。
この事柄において、どんなコミュニケーションをとりたいのか?それによって勉強方法のスタンスは変わる。それって日本語でも同じだよね。

日常会話であれば日本に来た外国人が拙い日本語で喋っていてもこちらも意図を汲み取ろうとするし、ネイティブ同士とまではいかないにしても意思疎通は出来るだろう。
これは言葉を逆転しても同じ。ぼくら日本人が外国に言って拙い英語でコミュニケーションを取ろうとしても意思疎通は出来るだろう。

職場においても、一作業員として自分の作業に関することを話すだけなら上記の場合とさほど変わらず意思疎通が出来る。
ここまでの話であれば、言語の文法を含め正しく使わずともなんとかなる。

これらの場合は個人対個人、比較的軽く話を出来る者同士の場合だ。後者の場合は同僚などであるから、相手が意図を汲み取ってくれる。

しかし、これが契約の場や海外での発表などではどうか?流石にそうはいかない。正しく言語を使わないと意図を汲み取ってもらえないだろう。契約などでは不利な条件を受け入れてしまいかねない。
この場合きちんとした勉強をする必要がある。

結局何を対象とするかによって勉強の仕方は変わる。前者であれば外国人の友達を作って英語に慣れるので問題ないが、後者であれば学校などに通って適切な言葉の使い方を覚えるべきだろう。

そんなことはちょっと考えればわかることなのに思慮が浅くそこまで気付かないことがある。
ちょっと反省してしまった。
こういう、人の状況によって考えや必要とすることが変わることは往々にしてあるのにどうにもそこまで頭が回らないというのも老化の一端なのだろうか…いやだなぁ

善人気分で

昨夜珍しく早く寝れると思ったら予想外の用事が。
まぁ無理に頼まれたわけでもなく無視しても良かったのだが、珍しく人のためになれるチャンスがあると頑張ってしまうのも性なのだろうか。

今日は飲みに行っていたのでその続きがどうなったか知らなかったのだが、他の人が一生懸命やっていてくれたようだ。

ネットによって人の繋がりは広範囲になった反面薄くなったという話をちょっと納得していたが、こういうことがあるとネットってありがたいんだなと思う。

しかし…本音ではないと思うがそれをいじめと言われると甚だ心外。

税の平等の疑問

ずっと疑問に思っていることがある。累進課税。

金持ちから多く税金を取るなら所得税率は一定でいいんじゃないか?
例えば全員から10%取るなら100万円稼ぐ人からは10万の税金が取れるし、1000万稼ぐ人からは100万の税金が取れる。

税の平等を唱えるなら、税を払った見返りが等しくなければならないような気がする。10万払おうが100万払おうがそれに対しての見返りが10倍変わることなど無い。同じだ。10倍の税金を払っても得られるサービスが同じ。民間企業がそんなことやったら客は付かない。勿論国や地方自治体は民間企業じゃないから同じように考えちゃいけないけど。

累進課税は金持ちから多く取るではなく、金持ちからはより多く取る。それはわからないでもないんだけど、ちょっとした疑問もある。

儲かっていて給与水準の良い会社に偶然入ったために1000万の年収がある人も朝夕寝る間も惜しんで働いて1000万の年収がある人にも同じだけの税が課せられる。

世の中には会社が潰れたために借金を負っている元社長のような人もいるだろう。バブル崩壊時は結構いたみたいだ。ぼくは運送会社でアルバイトをしていた時期があり、そういう人たちが運送会社で朝から晩まで働いて借金を返しているという話を聞いた。そういう事情のある人じゃないと続かない仕事だとも。

確かに一人ひとりの事情を加味して税率を決めるなんてことはやってられない。ただ、「金持ち=悪」のような固定観念で、収入だけを見て稼いでる奴からは多く取れなんて話を聞くと「どうしたもんかな〜」と思ってしまうのだ。
そもそも本当の金持ちは自分で働いてなんかいないんじゃないか?

勿論そんな特殊な例じゃなくても、そもそもそれだけ稼ぐ人っていうのはそれだけ努力をしたと考えるのが自然じゃなかろうか?
高い給料をもらえる会社に楽に入れるなら誰だってそこに行けばいい。そこに入れるだけの努力をしたからこそ得たものなんじゃないのか?

そういうことを考え始めると平等って何なんだろう?と疑問を感じてしまう。

2011年1月25日火曜日

玄関先にいる3体のタヌキ

うちの玄関先、下駄箱の上には3体のタヌキがいて僕の帰りを迎えてくれる。ペットを飼うわけにもいかない一人暮らし。この愛嬌ある顔にどれだけ癒されることか。
このblogの左上にも出ているし、twitterやらmixiのアイコンにしていることもあり、すっかり僕自身がタヌキなキャラクタが定着してありがたいんだかなんだか。
時折
「そのタヌキは自分の持ち物なんですか?」
と聞かれることがある。
お店(特にうどん屋)をやっている人でもなければ自分で買う人なんて見たことが無いから、そう思うのも無理は無い。多分僕の知人の中でも信楽焼のタヌキを自分で買った人っていない。
僕も未だに何でこんなに愛着が沸くのかわからないし。

しかし、まだ欲しい。

やさしさライセンス

昼に歩道を歩いていた。といってもこの歩道、自動車がすれ違える程度の広さがある。
昼休みの会社員が歩く中女性の漕ぐ自転車がこちらに迫って来た。
その自転車は人を避けるため一度右に動きそのまま真っ直ぐぼくの方へ走ってくる。
どちらかに避けて同じ方向に避けたら当たる。それならこのまま真っ直ぐ歩こうと思ったのが間違いだった。
なんとその自転車も真っ直ぐ走ってきて避けなかったのだ。
ぼくと彼女は赤い糸で結ばれていたのかもしれない。

当然衝突。といってもわかっていたことなので、手で自転車を受け止め彼女が転ぶのも防いだ、が、僕の右足を自転車が踏んづけていた。
どっちが悪いとは言わないが、一般的には自動車>自転車>歩行者の順で悪い。しかし
「すいません。大丈夫でしたか?」
と言うぼくの優しさは宇宙より広い。

決してとびきりの美人とは言えないが
「すいません」
と斜め下を見つつ謝るメガネの彼女は実に可愛かった。

その後は何事も無かったかのように走り去っていったけど。

2011年1月23日日曜日

死の仮想体験

ふと思ったんだが、人の死の仮想体験。死別は映画、小説、ゲームなどでもその物語に感情移入していれば擬似的に体験できる。
本当に家族や友人が死んだ時と同じ気持ちか?と言われれば、少なくともぼくは実際の死別と同じ感覚を実体験以外で味わったことは無いが、それはぼくが多くの作品を見ていないことにも問題があると思う。

さて、人が死んだことの仮想体験はともかく、自分が死んだことの仮想体験は出来るのか?
そもそも死んだらどうなるのかがわかっていない。医学的には脳死?
脳死自体も定義は色々あるようだが、それはともかく脳が死んだら意識がなくなる。物事を考えられなくなるから体験もへったくれもないんじゃないか?と思う一方、意識をもつ魂が体から分離して死後の世界へ行くということも思わなくもない。物語的には後者にしておかないと作品は作り辛いだろうな。
で、その仮想体験とはどんなものか?
病院のベッドで息を引き取り体から離れた魂が自分の死体の傍らで泣いている家族を見るような状態なのか?うん。これも仮想体験の一種かもしれない。しかし、そこで僕が思うのはその周囲の人間が自分の実際の人間関係以外の人ばかりである場合、本当に自分が死んで人が悲しんでくれた時と同じ心境になれるのか?ということ。
そもそもそれは死後の体験じゃないか?「死」の体験ではない。もし肉体から魂が離れ別の生き方(?)が始まるのであれば、その瞬間、痛みや快楽のようなものは感じるのか?それが分からなきゃ疑似体験と言えないんじゃないか?

そんなことを考え始めるとモヤモヤが募る。だが残念ながら僕を含め今地球上に生きている全ての人は60億を超えるというのに誰ひとり死んだことが無いから聞きたくても聞けやしない。僕は死んだ人を見たり会話できるような霊能力も持っていない。
※但し幽霊と思われるものと遭遇したことはある

このモヤモヤをすっきりさせる方法はひとつしか無い。が、それを自分で行うつもりも更々無い。

青山・六本木・新宿

土曜日。勉強会で青山。外苑前。
昼に近くの店を探して行ったのがイル デジデリオ
時間に余裕なかったこともあり、注文したのは前菜・パスタ・ドルチェのセット、ピアチェーレ。
前菜は鯉の唐揚げ(?)風のものにピクルスを添えてクレソンのソースを合わせたもの。
パスタは平打ち。フェットチーネかな?のクリームソース・岩手地鶏。
ドルチェはティラミスとアイス。これも美味かった。スイーツ好きってわけじゃないけど、かなり気に入った。もう一度食べたい。
3品で1900円。コーヒーを付けたので支払いは2700円くらいだったかな?
接客も丁寧だし、食器も良くて、総合的に安いと思えた。
コースが食べたい…フランス鴨食べたかった…

懇親会が表参道で、その後2次会で六本木へ。
六本木の一軒目はアントンビー。行くのは3度目。
巨峰ビールが個性的で面白い。それ以外にも柚子や八丁味噌のビールなど。それぞれ素材の香りがしているのに飲むとビール。不思議でイロモノっぽいけどどれも美味い。
二軒目は久しぶりのカスク。相変わらずの客入り。そしてカウンターの真ん中には以前の通りブラックボウモアと山崎50が鎮座。山崎は8本目らしい。いつか飲める日がくればいいけどw
ここには二人で入ったけど、一人は終電の時間の関係から先に退散。
ここで久しぶりにジャニーギターを作ってもらった。名古屋のバーのオリジナルレシピらしく東京で知っている人は殆どいないと思う。お店の人も知らなかったので、曖昧な記憶でレシピを伝える(カシス30・サザンコンフォート15・ライム15だと思っていたけど実はそれぞれ20ずつだったみたい)。ぼくの言ったレシピを参考にバーテンさんが味をみて分量を加減してくれたようで出てきたものはとても美味しかった。満足。その後スレッジハンマー。そして店を出る。
そこでtwitterを見てみたら先に帰った人が新宿で電車を乗り逃したとのこと。タクシーで新宿へ。六本木の街中は客待ちのタクシーが沢山並んでいる、運転手さん曰く不景気だからとか。
「昔はこんなことなかったんですよ。バブルより前の頃でいいから、あの頃の景気になってほしいですね」
聞けば運転手歴30年。バブル前からバブル、バブル崩壊後とずっと景気の動向を感じてきたんだろうな。

新宿着。合流後ジンアンドイットへ。新年のあいさつができてよかった。
「珍しく酔ってますね」
と言われる。酔っていたのも確かにあるけど、疲れがあったのがよくない。
そして疲れていたせいか実はここの記憶があまりない。なんせ眠かったので。
飲んだ酒もウィスキー2種とジンアンドイットは覚えているけど、それ以外は記憶が…

結局始発時間まで過ごして帰宅。
朝7時の松戸の空気は冷蔵庫の如く冷たかった。

2011年1月22日土曜日

認められぬ哲学

先日書いた続きになってしまうが、中村天風の本を読んでいる。

宗教を否定するのはわかる。占いだの願掛けだの縁起物だのも否定しているがそれもわかる(宗教よりむしろこちらの否定が強い)。
内容は非常に理にかなっている。元々占いだの縁起だのを証明する術はないし(と言うと占い師さんに怒られるだろうが)、本に書かれていた通り、体が悪くなれば医者に診てもらい、自動車だの電車だのテレビだのと科学技術が発展して産まれた恩恵を受けていながら自分の都合が悪くなったり、オイシイおもいをしたいと思った時だけ占い、縁起物に頼るのもどうしたものか?頭の中では非科学的なことだとわかっているはずだ。

非常に納得できる話、というか縁起を担いでいる人だって頭の中でそれらが論理的に繋がるなどとは思っていないだろう。だからこれって当たり前の話なんだよね。縁起を担ごうなんて思ってないときは当然のごとく納得できる話。

そうは言っても僕だって縁起を担いでいるものがある。例えば財布。今は黄色い財布を使っていて、いいかげん変えなきゃと思ってるけど今度は緑にしようか?などと風水で金運が良さそうな色を選んだり。
もっとも財布に関しては先の文を読んで「まぁ、気に入ったら黒でも茶色でもいいや。」という気持ちになった。

しかし、全てを認めるわけにはいかない。
何故か?
認めてしまうと玄関先に鎮座し仕事から帰ってきた僕を出迎えてくれるタヌキの存在意義が無くなってしまうからだ。

本厄の行事

いやはや、本当に書かなくなるとダメだ。簡単に間が空いてしまう。

僕が今年本厄ということもあり、先日名古屋に行った際厄の話をしていた。一緒に話をしていた相手は同級生。しかし彼は一月生まれなので、来年が本厄なのかと思ったら節分までの生まれは今年が本厄らしい。

厄というのがどれだけの信ぴょう性があるやらわからない。でも、いざ自分がそんな歳になると気になるのも又事実。
思い返すと前の厄の時、23歳、数えで24の時ってそんなに不幸なことあったかな?
前の会社で社長と仕事を始めた頃だな。あれって厄かな?そんなこと無いけど。

さて、神社で厄祓いなんてのもあるけれど、僕が今の今まで知らなかった風習を聞いた。なんでも本厄になると、親類を呼んで食事会を開き手土産まで渡すという行事をするそうだ。手土産と言っても結婚式の引出物並にいいものを渡すそうなので、その会を行うだけで数十万は飛ぶとか…
「ちんもやるんだろ?」
「へ?初めて聞いた。やらない。」

神社の厄祓いも行く予定無いです。

そういえばその前日に会った僕の一歳上の友人は後厄だからか人生テンパる5秒前って感じだったな。
彼の場合、祓わなきゃいけないものは厄じゃないんだけど。

2011年1月18日火曜日

やはり悪人でいたほうが良かったんだ

中村天風のほんとうの心の力という本を読んでいるんだけど、非常に気に入った一説があった。
そのまま引用すると問題があるかもしれないので要約すると、
自分の周りには悪人しかいない。何故なら何か事が起こると皆「私が悪かったです」と言うからだ
僕は以前から自分の責任にしてしまえば自分で解決できるからそっちの方がいいと思っていたんだけど、同じように考える人がいてほっとした。

随分前にある人に「自分のせいにしておいた方が楽じゃん」と言ったら「そんなの負けを認めてるみたいなものだから俺は絶対自分の非は認めない」と言われたことがある。その時はそんなちっちゃな勝ち負けどうでもいいじゃん…ってのが正直な感想だったけど、何かの記事で自分のせいだと全てを溜め込む人は鬱になりやすいというのを見たりして、自分の正義感で判断して相手が悪いと思ったら相手にそのように言った方がいいんじゃないか?とも思うようになっていた。

しかし、前述の一説を読んでやっぱり「自分が悪いって言ってその場を収めたほうがその事柄を自分で解決できるしいいよな。」と改めて思えるようになれそうだ。
もっとも、いつも全てにおいてそう出来るほど人間は出来ていないけど。

Tポイント3ポイントのアンケート

携帯に色々宣伝のメールが来ますね。友人・家族からのメールより多いです。
今日来たメールにアンケートに答えるとTポイントを3ポイントプレゼントというのがありました。
携帯でアンケートに答えるのなんて面倒臭いです。で、まぁ、twitterにそんなことを呟いたわけです。
すると、Tポイントはふつう100円で1ポイントなのでそのアンケートは300円分ですねとの返答を頂きました。
いや、前回あんなエントリを上げておきながら、反対から見ることが出来ていなかったことを猛省。
結局アンケートはやりませんでしたが…

2011年1月15日土曜日

自分の価値

納得する人と納得できない人がいるお話。
まあそんな考え方もあるよねっていう程度に読んでもらえれば。

人の価値は何によって決めることが出来るのか?
仕事においては報酬を1つの基準とすることが出来る。要は収入。
例えば自分の給料が総支給額で20万だったとする。税金や年金や保険料を引かれると手取りは15万くらいだろうか?
大まかに一月の勤務日数を20日、1日の労働時間を8時間とすると労働時間は160時間(8×20)。
先の手取り所得が15万だと計算しにくいから16万にして先の給料から労働時間の160時間を割ると時給は1000円。総支給であれば1250円。
時給で給与計算されるアルバイトの場合、労働時間×時給で給料が決まるが、所得税などはここから引かれるので、この計算式で求められるのは総支給額。これに合わせると先の時給は1250円で考えるのが妥当だろう。

ではこの人の価値は時間当たり1250円なのか?
これはYesでありNoである。
IT業界では間に入る会社の数は違えど発注元企業→請負元→中小企業→零細企業といった感じで仕事が出てくることが多いと思う。あ、でも今だと孫受けは禁止されてるかな?
上記発注の流れの中で各企業への発注・受注
さて、この総支給額20万円の人を上記にある受注の流れの中の零細企業が雇っていたとしよう。おおまかなお金の流れはこんな感じ。

  • 零細企業が受注する場合の人月単価が50万
  • 中小企業は請負元から70万で受注
  • 請負元は発注元から100万で受注

※これはあくまでも例で実際にはもっと中間搾取が少ない場合多い場合もあるでしょう。

給料を貰う人からすれば腹立たしい話かもしれない。なんせ自分の給料の5倍のカネが動くわけだ。自分の労働に対して100万の金が動いているのに80万、4/5は自分の見えないところで動いている、吸い取られているのだから。

先にも書いたとおり、この人は20万、手取りで15万程度の金しかもらっていない。だから自分の1時間の価値はおよそ1000円程度だと思っても無理はない。
しかし、その人がいなければ市場で動く金が一月に100万変わる。そういう見方をすると自分の価値は100万÷160時間で6250円。大まかに5000円だとしても一番安く見た場合と比べて5倍違う。
考え方を変えたからと言って所得が変わるわけでもないけれど、自分の価値は6250円あると思った方が自分に誇りが持てるんじゃないか?
そういう考え方もあると思う。

なお、何故給料が20万なのに自社が50万で請け負うのか?中間に入った会社は何故マージンを取るのか、そういった話は割愛してます。

※ 時間やら金額やらが適当だったり変えて計算してますが、ここでの金額は重要ではないので単に計算しやすくするためであり作為的なものではないです。

2011年1月13日木曜日

Are you Korean?

六本木でポン引きの黒人に突然言われた。
なんでそう思ったか聞いたら顔が韓国人ぽいって。
お前の務めるおっパブなんか行くもんか!

2011年1月12日水曜日

安くても仕事があるのはマシなのか

名古屋にて。
偶然にも知人と遭遇。最近名古屋に帰ると本当によく知人と会う。運がいいんだかなんだか。
決して知人・友人は多くないのに。
さて、そんな彼。実家は多治見で僕と初めて会ったときは名古屋に住んでいた。その後僕が千葉へ引っ越す頃には多治見に戻っていた。そして3年ぶりくらいに偶然会ったら今は豊橋とのこと。この不況の中実家を離れたのだからてっきりいい仕事でもあったのかと思ったら、確かに仕事だけど知り合いの家の手伝い。しかも給料は7万だって…まぁその知り合いの家にいるからその金は丸々小遣いみたいなもんだろうけど、それでもその金額はね…

その後牛丼屋にて働くおっさんと雑談。齢45。独身。僕の心の拠り所と言えば大袈裟だがこの人がいるから頑張れる。いや違うな。
で、聞けば店も決して良い状況では無いらしい。以前に比べて客は減っているとか、経費削減を色々言われるとか。やっぱ店は大変なんだな。
その割には雇うバイトは仕事が辛いから長く持たないらしい。仕事が無いという話の真相の一部を聞いた気分。そういう人は本当に不況で仕事が無いと嘆いているのかね?と疑問。

そして今回会うことが出来なかった友人。僕が会おうとメールを送ったら「人生を左右する一大事に見舞われている」と返してきた彼の近況もちらっと聞くことが出来た。
偶然なのか何なのか。僕が起業を模索している今、彼も同じような状況らしい。
もし僕らが20代なら「一緒に」と考えるが、この歳になるとカネもそうだが人間関係的な部分を含めた利益を先に考えてしまい馴れ合いで一緒に何かしようと誘えないことに少し寂しさを感じた。

名古屋〜豊橋〜浜松〜熱海〜東京〜上野

10日。帰りのルートはタイトルの通り。土岐で美濃焼を見ていこうかと思ったがこれ以上器が増えてもね。

電車の乗り継ぎで待たされることもそれほどなく帰りついたが名古屋豊橋間以外は快速ではなく普通列車だったので意外と時間がかかってしまった。
しかし6090円を格安で帰ることができたのだからよしとしよう。熱海東京間は休日で安くなっているグリーン(750円)を使っちゃったけど。

常日頃から時間の貴重さを煩く言う割には今回のように格安チケットを使い普通列車で旅行するのはどうなんだ?って感じだけど、実は僕にとって有益なのだ。
というのも僕は電車の中が一番集中して読書できる。今回の旅行中も6冊読むことが出来た。家にいたら読めなかったし新幹線でも同じだ。そう考えると読書時間を作りつつ目的地までたどり着けたのだから申し分無い時間の遣い方。
帰りの上野駅では更に3冊購入。最近本代がかさんでいるので、財政的にもメリットのある旅行だった。

2011年1月11日火曜日

信楽〜貴生川〜柘植〜亀山〜名古屋〜千種

信楽の帰り。
普通に考えたら草津に戻って東海道線ってなると思うんだけど、折角なら違うルートで。三重県の方から回ってゆくことにした。
貴生川から柘植(つげ)、そして亀山ここまでは乗り継ぎも比較的スムーズ。貴生川では10分以上待たされたが暖房付の待合室があったので良かった。
問題は亀山だ。30分以上の待があったのだが待合室は無し。青春18きっぷだから気軽に改札を出られる。しかし駅前にはコンビニすら無い。食堂とレストランぽいものはあったが食事するにも微妙な時間。仕方なく駅舎へ戻るが暖房も無い中で待つことに。心無しか寒気もしている。もしかしたら風邪?なんて思いながら待つのは辛い。ふと思った
「亀山なんだから大量のロウソクをつけて温めるとか巨大なロウソクをつけてストーブ代わりにするとかしてくれたらいいのに…」
そんなことを考えながら缶のコーンスープを飲む。
到着した電車にそそくさと乗り込み名古屋へ。
名古屋到着は20:30頃。そこから千種まで行きあんかけパスタ。この時点で旅が終わったような気になっていた。
因みにこの日の青春18きっぷ効果は
大垣〜貴生川が1890円で貴生川〜千種が1890円の計3760円。
元は取れているが、これだけ乗ってこの金額。鉄道って安いな〜と思った。

大垣~米原~草津~貴生川~信楽

9日朝。
ホテルから出て大垣駅へ。電車を乗り継いで貴生川まで。周囲には結構雪が残っている。
「うわぁ…やっぱり」
結構いや~な感じ。信楽は更に山間。信楽高原鉄道の脇にも雪が残っていた。
しかし、信楽に着くと雪は殆ど無い。

駅前ロータリー(?)にはサンタのコスプレをしたタヌキたち。
今回の目的はいかにも信楽焼のタヌキっていう感じのタヌキを買う事だったんだけど、その前に大きなタヌキを模したお店と信楽一大きなタヌキのある狸庵へ。
歩くとそこそこの距離。ダイエットに丁度いい。途中のお店をみてタヌキを事前に物色しておく。
そして狸庵140年前のタヌキなんかもあって当時のタヌキと今のタヌキの違いがわかり勉強になる。
その帰り道。大きなタヌキの店でぐい飲み二つ購入。そこから歩いてくると器の店が。
「やめよう。入ると買っちゃうし。でもここまで来て店見ないのも意味ないよなぁ」
中に入り店の人と雑談。結局ぐい飲み(?)購入。これで日本酒飲んだら美味いよねって思える赤が気に入ってしまった。
その後近くの店で行きがけにチェックしていた気になるタヌキ1匹を保護。
さらに駅のほうに歩いていく途中で又器の店に寄る。ここでもぐい飲み一つ購入。家では一人でしか飲まないし口は一つしか無いのにね。
更にタヌキを探し回ってみたけれどこれだ!と思えるものが無かった。

結局喫茶店の前にいた犬に癒されてからコーヒーを飲んで信楽を後にした。
ところでこの犬。柴犬だと思うけど、怯えてるのか手を噛む。その後ぼくに突進してきて体を摺り寄せてくる。そこで手を出すと又噛む。尤も甘噛みなので痛くないけど。しばらくするとしきりに手を舐めてきた。元々犬、特に柴犬が好きだからもうね、ず~っと一緒に遊んでたい感じ。でもこの時点で17時近く。電車は1時間1本。辛いけど別れてきた。写真を撮り忘れたことが悔やまれる。

戦利品はこちら。器の方は一番手前の4つが今回購入したもの。


2011年1月9日日曜日

新八柱〜西国分寺〜高尾〜甲府〜小淵沢〜塩尻〜中津川〜大曽根〜銭湯〜大曽根〜名古屋〜大垣

青春18きっぷでトクしようぜ!
って思い立って家を出る。
名古屋方面だから東海道線使ったほうが早い。でも距離を稼ぎたい。だったら長野経由じゃね?
と思い立ちタイトルのルートを選んだ。

新八柱から西国分寺。そっから高尾(まぁ一度立川で降りたけど)。石で出来た天狗の顔が卑猥。
そっから甲府へ。景色が田舎になってゆく。甲府と小淵沢での乗換は5分程度。待たされることがなくていい。駅の停車時間が長くなければ…
天気はずっと良かったが、長野に近付くと周囲には雪が残っている。
そして塩尻。ここでの待ち時間がちょっと長い…よりによって一番寒いところで…
そして中津川へ。このルートが一番イライラ。各駅での停車時間が長すぎる。これを短縮してくれたら到着時刻はもっと早いだろうに。理由はあるんだろうけど、普段都心の電車ばかり乗っているとストレスを感じる。
中津川まで着くともう地元の感覚。車に乗っていた頃は用もないのにこの辺まで走りに来てたよなぁなんて。
そして中津川から名古屋行に乗換。
「どこで降りようかな?」
と考えていたけど、大曽根駅から新しく出来た大きなパチンコ屋の建物が見える。
「キャッスル?もしかしたら銭湯あるんじゃね?」
予想的中。
風呂に入っていたらフラフラしてきた。そこで気付いたんだけど、朝から食事をしていない。ちょっとお菓子を食べただけ。そんな状態で風呂に入ったらそうなるわね。早々と撤収。
その時点で時刻は23時をちょっと過ぎたくらい。とても酒を飲む気にはなれなくなり
「大垣まで行くか」
との思いが脳裏を過る。

そんなわけで大垣のホテルでこれ書いてます。因みに途中下車しない場合の電車賃7350円らしい。うん。3倍おトク。
腹減った。

2011年1月8日土曜日

百聞は一見に如かず@中目黒

最大で9000円分の飲食が2200円になるというので買っておいたクーポンがある。
中目黒の安兵衛という店だ。
食べログへのリンクを敢えて張らせていただいた。リンク先を見るように評判は非常に悪い。
クーポンを買ったのは先月で、この店に行くことになったのは昨日。そしてリンク先を見たのも昨日なのでものすごくゲンナリしていた。

そして行ってみると…
リンク先のようなことは全く無かった。
焼酎は美味いし地鶏の炭火焼は美味い。食べたら上機嫌。自分的に凹んだのは白い葱が嫌いなので葱焼きが出たことくらい。これはもう嗜好の問題だからどうしようもない。葱嫌いじゃなきゃ美味いと思える品だったけど、ここは僕も自分のismみたいなものを変える訳にはいかない(意味不明)。

其れが果たして9000円の価値であったかと問われれば首を傾げるが、2200円の価値は確実に超えていた。店主も人当たり良く、正直なところ何故あれほど酷評されているのかわからない。

ただし、そこは人間。店主が物凄く機嫌屋さんなのかもしれない。お客さんが過剰な接客を求めていたのかもしれない。兎に角お互い言い分はあると思うので、食べログに書かれていることの全てを疑うつもりも無いが、少なくとも僕は気持ちよく飲むことが出来、気持ちよく店を後にすることが出来た。

今回はクーポンを利用したが、普段から利用したいと思える店だった。中目黒ってのはネックだけど。

やはり自分の目で確かめねば自分の評価は得られないという当たり前のことを改めて知った日だった。

2011年1月6日木曜日

異臭

東京の駅は空気が臭い。特に新宿と上野。
帰りの京浜東北線。
神田で乗ろうとすると車両から出てきた女が最前列のぼくの前を無理に通って隣の扉から再乗車。
なんじゃそりゃ?また痴漢か?
と思い車内に入り反対側の扉の前まで行く。上野で降りるわけだが、その間こちらの扉が開くことは無いから周囲を気にせずに済むからだ。

あれ?なんか臭いぞ?もしや…
最初に疑ったのは足元。吐瀉物でもあればさっきの女性の行動も合点がいく。しかし足元は汚れていない。
目線を上げて反対側の座席を見ると泥酔したかのように、ホセ・メンドーサと戦った後の矢吹丈のようにうなだれる人がいる。左右の座席には誰も座っていない。よくよく見れば浮浪者。
右足は靴を履いているが左足は履いていない。靴下から出た親指は僕の倍くらい膨れ上がっている。よくもまあ足がこんなに腫れるものだ。その風体に哀れさは感じるものの臭いの原因がはっきりわかった。

秋葉原…降りようかなぁ

御徒町…降りようかなぁ

なんとか耐えて上野で降りた時に吸い込んだ空気は東京に来て3年。ほぼ毎日のように吸う駅の空気の中で一番美味しかった。

2011年1月5日水曜日

大分唐揚げ とりあん

ダウンタウンDXでクリス松村がすすめていた大分唐揚げとりあんへ。
クリス松村が行ったのは戸越銀座の方だけどそっちはチト遠い。幸い十条銀座にも店を出しているようなのでそちらへ行ってみた(どっちも銀座だが有楽町には無いらしい)。

店内は立ち飲み可能。大分名産かぼす押しなのか、かぼすハイボールの札。それと骨なしももから揚げ100g(260円)を注文。
確かにうまい
100gが写真の量。これで丁度ハイボール1杯分。

その後普通の角ハイボールと骨なしむねから揚げ100g(240円)を注文。
お土産に骨なしももから揚げを更に100gとぶつ切りから揚げ200g(440円)を持って帰る。

近くならちょくちょく行けるんだけどね。

消失

長門かわいい

2011年1月3日月曜日

雑煮

いいもん食べたって、いい酒飲んだって、正月感は足りない。
やっぱり餅。

で、雑煮作った。
餅と小松菜のみ。こっちでは餅菜が売ってないんだよね。

  1. 水から餅を入れて煮始める
  2. 沸騰したら小松菜(あれば餅菜)投入
  3. 本だしと醤油で味付け
  4. 器に入れ鰹節1パック投入

東海地方では定番の雑煮…のはず

正月休み最終日、ようやく正月気分を味わえた。

ところで、どんな凝った料理を作るよりこの雑煮を作った時が一番孤独を感じて悲しかったのは何故だろうw

2011年1月2日日曜日

年賀状

10年ぶりくらいに作った。とはいってもそそくさと。
ウサギの画像が無かったし、どうせならタヌキ押しでいってしまおうと。

至ってシンプルだけどまぁ奇をてらって時間をかけて更に遅れるor諦めるよりはマシかな。

んで、ここ数年もらっていた人で手元に年賀状があった人には出したけど、引っ越しで全部の年賀状を持ってこられなかったので、年賀状はいただいているのに住所がわからなかった方がみえる。
上記理由で年賀状をいただいたのに返信できなかった方はご容赦いただきたい。
具体的にはmixi年賀状で出していただいて自分の住所を書かれていなかった方とか。

2011年1月1日土曜日

あけましておめでとうございます

本年もよろしくおねがいします

去年あけましておめでとうございますでこんな目標を立てた

  1. 節酒。月の飲み代は3万までにする。但しイベント的なものは除く
  2. 体重を65kgまで落とす
  3. 引っ越す
  4. 本を読む
  5. 今まで行かなかったようなところに行く
  6. プログラマ辞めてIT業界から身を引く(次の仕事が見付からなければ続投)
  7. 名古屋に帰る
結局達成出来たのは1(?),3,4,5。まぁそこそこの達成率。これを踏まえて今年の目標を作る
  1. 減酒。懇親会とか以外、一人で飲みに行くのを減らす。
  2. 体脂肪率を20%未満にする。体重を目標にするのはやめよう。
  3. 本を100冊くらい読む。まぁ50冊超えたらいい。80冊超えたら上出来。
  4. プログラマ辞めてIT業界から身を引く(次の仕事が見付からなければ続投)
  5. 名古屋に帰る
さて、どれだけ達成できることか。

今まで接点のなかったような人に出会えるような年になったらいいなーとか思ってます。
で、ふと思い出した。
今年本厄