2012年5月31日木曜日

2次元に行ったなら

こうしてblogを書くときでも、2次元である画面を見ている。

アニメキャラ好きを2次元好きと呼んだり自分で言う人もいたり。そんなこと言いながら2次元キャラを3次元化したフィギュアを買っているのを見ると「矛盾してるなぁ」と思わなくもないが、それよりも何よりも、「2次元に行きたい」という思想。
当初僕も「理想の相手のいる世界の方が幸せだろうね」と思っていたのだが、最近ふと気付いた。
「自分も2次元に行ったらその娘が見えないじゃん」

そもそも、2次元の画面が3次元にいる僕らに見えるのは、向かい合った奥行きがあるからだ。つまり、3次元だから見えている。これが2次元に入ったら奥行きが無い。同じようには見えない。そもそも見るという行為が出来るのかどうかも「?」だ。

奥行きが無い。僕らの感覚からすれば高さが無いということに相当しようか。そうなると衝突が無い。大好きなあの娘と重なっていても衝突が無いから感覚として受け入れられない。唇の位置が重なっても柔らかさも温もりも感じられない。
何とも切ない。

それからふと思ったのだが、2次元って音が聞こえるんだろうか?聞こえないと会話が出来ない。

まぁ、この手の話はマジメにツッこんだらイカンので、言わんとしていることを察して受け入れるのが良い。
それを越えて、敢えて何かアドバイスをするのであれば、
「こっちが2次元に行くより向こうを3次元に呼ぶ方法考えた方がいいよ」
であろうか。

「戸籍が無い」などといった野暮は考えない。

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