2011年1月30日日曜日

1000円床屋と普通の床屋

床屋。実に卑猥な名前だ。

それはさておき最近よく見かける1000円床屋。作業をカットのみに絞って低価格になっている。
本来の狙いはがっつりとカットすることではなく、ちょっと伸びたら揃えて貰うという身だしなみの延長みたいな使われ方だと思う。

ぼくは床屋が苦手なので最近はもっぱら1000円の店ばかりに行っていた。とっとと終わらせて欲しいのだ。
どうせ家に帰れば頭は洗うし、髭もそってもらう必要なし。そもそも色気を出してモテようという気持ちがからっきし無い。髪型とか見た目を気にしてない。これはこれで問題だということは自分でもわかるが、そのために1時間なり拘束されることが耐えられない。
そんな自分からしたら1000円床屋のシステムは画期的。当然こちらを愛用することとなる。

しかし、なぜか今日久しぶりに普通の床屋へ。頭も洗ってもらい顔そりもしてもらって…気持ちよかった。うん。このエクスペリエンスのために追加料金払ってもいいわ。歳をとって時間に対する心の余裕が出てきたのかもしれない。
しかし、久しぶりだったので、床屋のプロセスをすっかり忘れており、顔そりの段階で
「眉毛の下どうなされますか?」
と聞かれて、なにを尋ねられているのかわからなかった。
そういえば剃るのよね。

たまには普通の床屋さんも悪くない。
しかし、髪が伸びた頃にはこんな気持ちも忘れているんだろうな。

CDの整理・Want More MONEY

CD-RやらDVD-Rというメディアが出て随分経つ。

今のようにハードディスクが安価になってしまうとメディアに焼くよりハードディスクに保存しておいたほうが安くて利便性が良いので最近ではめっきり使わなくなってしまったが、以前は色々焼いていた。

そんなわけでラベルになにも書いていない何が入っているんだかわからないようなCD-RやらDVD-Rがあるので中身を確認して整理していた。

すると当然の如く変なものが出てくる。

以前友人と作ったハマショーのMONEYのリミックス。自称Want More MONEY Version
MONEYからヴォーカルの「まね~」の部分だけ取り出し、前奏の部分に重ねてピッチとテンポを変えて色々。それだけで9:30とかよくやるわって感じだけど。久しぶりに聴いたら結構笑えた。

他にも素人ソングCDとか。
滑舌の悪いシンガーが「キンタマ君のこころ」とか「忘れられない歯磨き付いてる」とか言ってる(※そう聴こえるだけで本人はクソ真面目に歌っている。しかし本当の歌詞は滑舌が悪くてわからない)のも久しぶりに聴くと新鮮。これも笑えた。

古い本を整理していると読んでしまうように作業は停滞する。

東京の蕎麦屋で初めて天ぷら用の調味料が付く店を発見

僕は蕎麦屋では天せいろを頼むことが多いんだけど何故だろうか東京で僕が行った蕎麦屋はことごとく天つゆor塩が付いてこない。

どういう思想があるのかはわからない。天ぷらをそのまま食べるとは思えないので蕎麦汁に浸すんだけど、これは蕎麦汁に油が浮いて嫌になる。嫌になるけど仕方なくそうしていた。油の浮いた蕎麦汁で蕎麦を食べることの利点は未だわからない。

しかし、知人に今日教えてもらった店は天つゆと塩(抹茶塩)が付いてきた。こうでなくちゃ。
場所は大塚の岩舟という店。
蕎麦も天ぷらも美味しかったし金額も普通の蕎麦屋並。

twitterで知り合った人に店を教えてもらう。ネットの普及で有難味を感じる時である。

2011年1月28日金曜日

英会話カフェ

勢いでクーポンを買ってしまったので英会話カフェなるものへ行ってきた。勿論一人で。

「やっぱやめようかな。明日でも来週でもいいんだし…」
初めてのことは不安になる。店の場所を見つけたあと躊躇。階段を上り目的地の一階下で声が聞こえてきて躊躇。

「やっぱやめようかな。明日でも来週でもいいんだし…」
だけど一念発起。思い切って扉を開ける。

中は3つほどのテーブルそれぞれに5人ずつくらい人がいて皆英語で会話をしている。
簡単な受付を済ませるとそのうちの一つのテーブルに案内され皆の輪の中に入る。ここで先生(?)が軽く挨拶してくれ自己紹介。と言っても名乗るだけだけど。
僕が入ったときにはどの国のイントネーションが一番難しいかという話になっていた。他の人が中国だのフランスだのと色々答えているのを聞いていると自分の番に。予想外。
「Chinese」
実際には他の国の人の英語なんて聞いたこと殆ど無いし、どれが一番難しいか簡単かなんてわからない。いや、僕にとって一番聞き取りやすい英語は日本人の英語だけど、多分それはこの会話で正解ではない。

その後も、長期休暇の話とか映画の話とか休日に何をしているかといった雑談を続けて時間終了。
お客さんの年齢層は学生さんから僕より年配の方までバラバラ。
こういうところって元々海外生活経験があるとか、これからそういうことを目指している人がくるものだと思っていたから周囲の英語レベルが高くてどうしようもなくなるんじゃないかという不安もあったけど、案ずるより生むが易し。結構なんとかなった。

余暇の過ごし方の話をしていたとき映画館には10年くらい行っていないという話をしたら
「何故行かないんですか?」
と聞かれ、返答に困っていると
「高いから?」
と聞かれたのにはちょっと「オイオイ、俺の稼ぎそこまでは低くないぜ!」って思ったけど、それを英語で言うのは難しくて助かったね。
いや実際のところ決まった時間っていうのが苦手という理由が大きいんだけど、それまた英語で言えない。結局
「何故なのか自分でもわからない」
と答えておいた。

そういえば会話の内容はある程度覚えているのに、その英語が出てこないっていうのは不思議だなぁ。

名古屋発どえりゃあ革命!

そんなタイトルの本を読んだ。著者は河村たかし。

ぼくは河村たかしがどうにも受け入れられなかった。原因の一つが名古屋弁。
「おいおい、お前が名古屋弁を嫌いってどういうことだ?」
と言われそうだが、名古屋弁は悪くない。むしろ良い。関東に3年も住んで、僕も今では名古屋弁が取れてしまったが、やはり地元の言葉は心地よい。
しかし、これは場を考えて欲しい。全国ネットや他府県のテレビ番組で自分の主張を言うのであれば標準語で喋る方がいい。標準語っていうのも曖昧かもしれないけど、所謂関東っぽい言葉。己の主張をより多くの人に伝えたければ母集団が多い方を選ぶ程度のことはすべきだと思うから。少なくとも国民全体を考えなければならない国会議員の頃はそうすることが好ましいと考えるからだ。
そして、この本を買って改めて河村たかしの写真をみて気付いた。この人楽天の三木谷氏と同系列の顔だ…あの手の顔の人は苦手なのだ。お二人とも面識はないが、何となく話をしても手玉に取られそうな感じ。

さて、肝心の本の内容だがとにかく読みにくい。なんせ文章が名古屋弁で書いてあるんだもん。
先にも書いたとおり地元の言葉は心地よい。しかし、口語である。これを文章にされたらとても読みにくくなるということがよくわかった。
内容は書いてあることを素直に受け止めると非常にいいことを言っているように思える。
しかし、減税し自治を住民に任せるならそれは金を払わなくなった代わりに住民に別の負担がかかるわけだし、全ての人がそれを受け入れられるか?というのは疑問。著者の指示をしてくれている人たちなら喜んでやるんだろうけど。尤も本の内容を信じるならモデル地区の方たちは活き活きとそれをしているそうなので、それが全体に広がってもうまくいくのかもしれない。
そして議会を批判するのはいいけど議会議員が果たして著者のように本を出して売れるだろうか?嘘を書いているとは思わないけど、少なくとも批判するなら相手の意見が自分と同じ程度の露出度というか伝搬力を持っていなきゃどうしたって世論的に自分が有利になることくらいわかっていると思うけど。
まぁ上記のように気になることが無くもないけど、本に書いてあるようなことが本当に出来るなら是が非でも名古屋に帰りたいと思わせてくれる一冊だったことも間違いない。

市長が誰でも僕は名古屋が好きだけどね。


早朝気持ちが悪くなって起きてしまう

最近ちょくちょくあるんだけど、朝方、目覚ましが鳴る時間より数時間早い時間夜中の終わりかけに目が覚める。
吐くところまではいかないけど、原因は吐き気を伴う気持ち悪さ。
そうなったときのことを思い返すと

  1. 前日に酒を飲んでいる
  2. 異常に寒い
  3. 空気が乾燥している
といったことが共通点かな?
まぁどれが原因かはほぼ明白というかこの3つならどう考えても酒だろうと思うんだが…


しかし、今朝の場合この3つのコンボで顔は冷たいわ喉はカラカラだわでそれらが原因で体調を崩して吐き気がしたんじゃないかとも思える。
なんにせよ冬が終われば下の2つは発生しなくなるのではっきりするはず。

ちょっと臆病になってる僕はアフラックに資料請求してしまった。

逆輸入の山崎18が安く買える

「山崎18 逆輸入」
で検索すると逆輸入ものの通信販売が色々出てくる。
希望小売価格21000円、通常最安値でもいいとこ1万8千円台の酒が逆輸入ものだと1万3千円台で簡単に見つかる。今の円高のおかげでこの値段だ。
頑張って探せばこれより安い価格で見つけられると思うけど、それにしたってこの値段でも十分安い。

日本向けと海外(ヨーロッパ)向けの違いって若干海外の方が苦味が強い気がするのでおそらくシェリー樽の比率が多いのかな?体調によって単にそう思えただけかもしれないけど、他にも味が違うと言っている人がいたから何らかの違いはあると思う。
どちらも近い味だし山崎の18は本当においしいお酒だと思っているので、好きな人は買うことをお勧めします。
12を7000円で買うならこっちを買って飲む量を半分にするという楽しみ方もあります。
美味しいからもっと飲みたくなるんですがね。

2011年1月27日木曜日

英語のお勉強について

ちょっと今日話題になっていたので。

英会話でコミュニケーションを取る。
この事柄において、どんなコミュニケーションをとりたいのか?それによって勉強方法のスタンスは変わる。それって日本語でも同じだよね。

日常会話であれば日本に来た外国人が拙い日本語で喋っていてもこちらも意図を汲み取ろうとするし、ネイティブ同士とまではいかないにしても意思疎通は出来るだろう。
これは言葉を逆転しても同じ。ぼくら日本人が外国に言って拙い英語でコミュニケーションを取ろうとしても意思疎通は出来るだろう。

職場においても、一作業員として自分の作業に関することを話すだけなら上記の場合とさほど変わらず意思疎通が出来る。
ここまでの話であれば、言語の文法を含め正しく使わずともなんとかなる。

これらの場合は個人対個人、比較的軽く話を出来る者同士の場合だ。後者の場合は同僚などであるから、相手が意図を汲み取ってくれる。

しかし、これが契約の場や海外での発表などではどうか?流石にそうはいかない。正しく言語を使わないと意図を汲み取ってもらえないだろう。契約などでは不利な条件を受け入れてしまいかねない。
この場合きちんとした勉強をする必要がある。

結局何を対象とするかによって勉強の仕方は変わる。前者であれば外国人の友達を作って英語に慣れるので問題ないが、後者であれば学校などに通って適切な言葉の使い方を覚えるべきだろう。

そんなことはちょっと考えればわかることなのに思慮が浅くそこまで気付かないことがある。
ちょっと反省してしまった。
こういう、人の状況によって考えや必要とすることが変わることは往々にしてあるのにどうにもそこまで頭が回らないというのも老化の一端なのだろうか…いやだなぁ

善人気分で

昨夜珍しく早く寝れると思ったら予想外の用事が。
まぁ無理に頼まれたわけでもなく無視しても良かったのだが、珍しく人のためになれるチャンスがあると頑張ってしまうのも性なのだろうか。

今日は飲みに行っていたのでその続きがどうなったか知らなかったのだが、他の人が一生懸命やっていてくれたようだ。

ネットによって人の繋がりは広範囲になった反面薄くなったという話をちょっと納得していたが、こういうことがあるとネットってありがたいんだなと思う。

しかし…本音ではないと思うがそれをいじめと言われると甚だ心外。

税の平等の疑問

ずっと疑問に思っていることがある。累進課税。

金持ちから多く税金を取るなら所得税率は一定でいいんじゃないか?
例えば全員から10%取るなら100万円稼ぐ人からは10万の税金が取れるし、1000万稼ぐ人からは100万の税金が取れる。

税の平等を唱えるなら、税を払った見返りが等しくなければならないような気がする。10万払おうが100万払おうがそれに対しての見返りが10倍変わることなど無い。同じだ。10倍の税金を払っても得られるサービスが同じ。民間企業がそんなことやったら客は付かない。勿論国や地方自治体は民間企業じゃないから同じように考えちゃいけないけど。

累進課税は金持ちから多く取るではなく、金持ちからはより多く取る。それはわからないでもないんだけど、ちょっとした疑問もある。

儲かっていて給与水準の良い会社に偶然入ったために1000万の年収がある人も朝夕寝る間も惜しんで働いて1000万の年収がある人にも同じだけの税が課せられる。

世の中には会社が潰れたために借金を負っている元社長のような人もいるだろう。バブル崩壊時は結構いたみたいだ。ぼくは運送会社でアルバイトをしていた時期があり、そういう人たちが運送会社で朝から晩まで働いて借金を返しているという話を聞いた。そういう事情のある人じゃないと続かない仕事だとも。

確かに一人ひとりの事情を加味して税率を決めるなんてことはやってられない。ただ、「金持ち=悪」のような固定観念で、収入だけを見て稼いでる奴からは多く取れなんて話を聞くと「どうしたもんかな〜」と思ってしまうのだ。
そもそも本当の金持ちは自分で働いてなんかいないんじゃないか?

勿論そんな特殊な例じゃなくても、そもそもそれだけ稼ぐ人っていうのはそれだけ努力をしたと考えるのが自然じゃなかろうか?
高い給料をもらえる会社に楽に入れるなら誰だってそこに行けばいい。そこに入れるだけの努力をしたからこそ得たものなんじゃないのか?

そういうことを考え始めると平等って何なんだろう?と疑問を感じてしまう。

2011年1月25日火曜日

玄関先にいる3体のタヌキ

うちの玄関先、下駄箱の上には3体のタヌキがいて僕の帰りを迎えてくれる。ペットを飼うわけにもいかない一人暮らし。この愛嬌ある顔にどれだけ癒されることか。
このblogの左上にも出ているし、twitterやらmixiのアイコンにしていることもあり、すっかり僕自身がタヌキなキャラクタが定着してありがたいんだかなんだか。
時折
「そのタヌキは自分の持ち物なんですか?」
と聞かれることがある。
お店(特にうどん屋)をやっている人でもなければ自分で買う人なんて見たことが無いから、そう思うのも無理は無い。多分僕の知人の中でも信楽焼のタヌキを自分で買った人っていない。
僕も未だに何でこんなに愛着が沸くのかわからないし。

しかし、まだ欲しい。

やさしさライセンス

昼に歩道を歩いていた。といってもこの歩道、自動車がすれ違える程度の広さがある。
昼休みの会社員が歩く中女性の漕ぐ自転車がこちらに迫って来た。
その自転車は人を避けるため一度右に動きそのまま真っ直ぐぼくの方へ走ってくる。
どちらかに避けて同じ方向に避けたら当たる。それならこのまま真っ直ぐ歩こうと思ったのが間違いだった。
なんとその自転車も真っ直ぐ走ってきて避けなかったのだ。
ぼくと彼女は赤い糸で結ばれていたのかもしれない。

当然衝突。といってもわかっていたことなので、手で自転車を受け止め彼女が転ぶのも防いだ、が、僕の右足を自転車が踏んづけていた。
どっちが悪いとは言わないが、一般的には自動車>自転車>歩行者の順で悪い。しかし
「すいません。大丈夫でしたか?」
と言うぼくの優しさは宇宙より広い。

決してとびきりの美人とは言えないが
「すいません」
と斜め下を見つつ謝るメガネの彼女は実に可愛かった。

その後は何事も無かったかのように走り去っていったけど。

2011年1月23日日曜日

死の仮想体験

ふと思ったんだが、人の死の仮想体験。死別は映画、小説、ゲームなどでもその物語に感情移入していれば擬似的に体験できる。
本当に家族や友人が死んだ時と同じ気持ちか?と言われれば、少なくともぼくは実際の死別と同じ感覚を実体験以外で味わったことは無いが、それはぼくが多くの作品を見ていないことにも問題があると思う。

さて、人が死んだことの仮想体験はともかく、自分が死んだことの仮想体験は出来るのか?
そもそも死んだらどうなるのかがわかっていない。医学的には脳死?
脳死自体も定義は色々あるようだが、それはともかく脳が死んだら意識がなくなる。物事を考えられなくなるから体験もへったくれもないんじゃないか?と思う一方、意識をもつ魂が体から分離して死後の世界へ行くということも思わなくもない。物語的には後者にしておかないと作品は作り辛いだろうな。
で、その仮想体験とはどんなものか?
病院のベッドで息を引き取り体から離れた魂が自分の死体の傍らで泣いている家族を見るような状態なのか?うん。これも仮想体験の一種かもしれない。しかし、そこで僕が思うのはその周囲の人間が自分の実際の人間関係以外の人ばかりである場合、本当に自分が死んで人が悲しんでくれた時と同じ心境になれるのか?ということ。
そもそもそれは死後の体験じゃないか?「死」の体験ではない。もし肉体から魂が離れ別の生き方(?)が始まるのであれば、その瞬間、痛みや快楽のようなものは感じるのか?それが分からなきゃ疑似体験と言えないんじゃないか?

そんなことを考え始めるとモヤモヤが募る。だが残念ながら僕を含め今地球上に生きている全ての人は60億を超えるというのに誰ひとり死んだことが無いから聞きたくても聞けやしない。僕は死んだ人を見たり会話できるような霊能力も持っていない。
※但し幽霊と思われるものと遭遇したことはある

このモヤモヤをすっきりさせる方法はひとつしか無い。が、それを自分で行うつもりも更々無い。

青山・六本木・新宿

土曜日。勉強会で青山。外苑前。
昼に近くの店を探して行ったのがイル デジデリオ
時間に余裕なかったこともあり、注文したのは前菜・パスタ・ドルチェのセット、ピアチェーレ。
前菜は鯉の唐揚げ(?)風のものにピクルスを添えてクレソンのソースを合わせたもの。
パスタは平打ち。フェットチーネかな?のクリームソース・岩手地鶏。
ドルチェはティラミスとアイス。これも美味かった。スイーツ好きってわけじゃないけど、かなり気に入った。もう一度食べたい。
3品で1900円。コーヒーを付けたので支払いは2700円くらいだったかな?
接客も丁寧だし、食器も良くて、総合的に安いと思えた。
コースが食べたい…フランス鴨食べたかった…

懇親会が表参道で、その後2次会で六本木へ。
六本木の一軒目はアントンビー。行くのは3度目。
巨峰ビールが個性的で面白い。それ以外にも柚子や八丁味噌のビールなど。それぞれ素材の香りがしているのに飲むとビール。不思議でイロモノっぽいけどどれも美味い。
二軒目は久しぶりのカスク。相変わらずの客入り。そしてカウンターの真ん中には以前の通りブラックボウモアと山崎50が鎮座。山崎は8本目らしい。いつか飲める日がくればいいけどw
ここには二人で入ったけど、一人は終電の時間の関係から先に退散。
ここで久しぶりにジャニーギターを作ってもらった。名古屋のバーのオリジナルレシピらしく東京で知っている人は殆どいないと思う。お店の人も知らなかったので、曖昧な記憶でレシピを伝える(カシス30・サザンコンフォート15・ライム15だと思っていたけど実はそれぞれ20ずつだったみたい)。ぼくの言ったレシピを参考にバーテンさんが味をみて分量を加減してくれたようで出てきたものはとても美味しかった。満足。その後スレッジハンマー。そして店を出る。
そこでtwitterを見てみたら先に帰った人が新宿で電車を乗り逃したとのこと。タクシーで新宿へ。六本木の街中は客待ちのタクシーが沢山並んでいる、運転手さん曰く不景気だからとか。
「昔はこんなことなかったんですよ。バブルより前の頃でいいから、あの頃の景気になってほしいですね」
聞けば運転手歴30年。バブル前からバブル、バブル崩壊後とずっと景気の動向を感じてきたんだろうな。

新宿着。合流後ジンアンドイットへ。新年のあいさつができてよかった。
「珍しく酔ってますね」
と言われる。酔っていたのも確かにあるけど、疲れがあったのがよくない。
そして疲れていたせいか実はここの記憶があまりない。なんせ眠かったので。
飲んだ酒もウィスキー2種とジンアンドイットは覚えているけど、それ以外は記憶が…

結局始発時間まで過ごして帰宅。
朝7時の松戸の空気は冷蔵庫の如く冷たかった。

2011年1月22日土曜日

認められぬ哲学

先日書いた続きになってしまうが、中村天風の本を読んでいる。

宗教を否定するのはわかる。占いだの願掛けだの縁起物だのも否定しているがそれもわかる(宗教よりむしろこちらの否定が強い)。
内容は非常に理にかなっている。元々占いだの縁起だのを証明する術はないし(と言うと占い師さんに怒られるだろうが)、本に書かれていた通り、体が悪くなれば医者に診てもらい、自動車だの電車だのテレビだのと科学技術が発展して産まれた恩恵を受けていながら自分の都合が悪くなったり、オイシイおもいをしたいと思った時だけ占い、縁起物に頼るのもどうしたものか?頭の中では非科学的なことだとわかっているはずだ。

非常に納得できる話、というか縁起を担いでいる人だって頭の中でそれらが論理的に繋がるなどとは思っていないだろう。だからこれって当たり前の話なんだよね。縁起を担ごうなんて思ってないときは当然のごとく納得できる話。

そうは言っても僕だって縁起を担いでいるものがある。例えば財布。今は黄色い財布を使っていて、いいかげん変えなきゃと思ってるけど今度は緑にしようか?などと風水で金運が良さそうな色を選んだり。
もっとも財布に関しては先の文を読んで「まぁ、気に入ったら黒でも茶色でもいいや。」という気持ちになった。

しかし、全てを認めるわけにはいかない。
何故か?
認めてしまうと玄関先に鎮座し仕事から帰ってきた僕を出迎えてくれるタヌキの存在意義が無くなってしまうからだ。

本厄の行事

いやはや、本当に書かなくなるとダメだ。簡単に間が空いてしまう。

僕が今年本厄ということもあり、先日名古屋に行った際厄の話をしていた。一緒に話をしていた相手は同級生。しかし彼は一月生まれなので、来年が本厄なのかと思ったら節分までの生まれは今年が本厄らしい。

厄というのがどれだけの信ぴょう性があるやらわからない。でも、いざ自分がそんな歳になると気になるのも又事実。
思い返すと前の厄の時、23歳、数えで24の時ってそんなに不幸なことあったかな?
前の会社で社長と仕事を始めた頃だな。あれって厄かな?そんなこと無いけど。

さて、神社で厄祓いなんてのもあるけれど、僕が今の今まで知らなかった風習を聞いた。なんでも本厄になると、親類を呼んで食事会を開き手土産まで渡すという行事をするそうだ。手土産と言っても結婚式の引出物並にいいものを渡すそうなので、その会を行うだけで数十万は飛ぶとか…
「ちんもやるんだろ?」
「へ?初めて聞いた。やらない。」

神社の厄祓いも行く予定無いです。

そういえばその前日に会った僕の一歳上の友人は後厄だからか人生テンパる5秒前って感じだったな。
彼の場合、祓わなきゃいけないものは厄じゃないんだけど。

2011年1月18日火曜日

やはり悪人でいたほうが良かったんだ

中村天風のほんとうの心の力という本を読んでいるんだけど、非常に気に入った一説があった。
そのまま引用すると問題があるかもしれないので要約すると、
自分の周りには悪人しかいない。何故なら何か事が起こると皆「私が悪かったです」と言うからだ
僕は以前から自分の責任にしてしまえば自分で解決できるからそっちの方がいいと思っていたんだけど、同じように考える人がいてほっとした。

随分前にある人に「自分のせいにしておいた方が楽じゃん」と言ったら「そんなの負けを認めてるみたいなものだから俺は絶対自分の非は認めない」と言われたことがある。その時はそんなちっちゃな勝ち負けどうでもいいじゃん…ってのが正直な感想だったけど、何かの記事で自分のせいだと全てを溜め込む人は鬱になりやすいというのを見たりして、自分の正義感で判断して相手が悪いと思ったら相手にそのように言った方がいいんじゃないか?とも思うようになっていた。

しかし、前述の一説を読んでやっぱり「自分が悪いって言ってその場を収めたほうがその事柄を自分で解決できるしいいよな。」と改めて思えるようになれそうだ。
もっとも、いつも全てにおいてそう出来るほど人間は出来ていないけど。

Tポイント3ポイントのアンケート

携帯に色々宣伝のメールが来ますね。友人・家族からのメールより多いです。
今日来たメールにアンケートに答えるとTポイントを3ポイントプレゼントというのがありました。
携帯でアンケートに答えるのなんて面倒臭いです。で、まぁ、twitterにそんなことを呟いたわけです。
すると、Tポイントはふつう100円で1ポイントなのでそのアンケートは300円分ですねとの返答を頂きました。
いや、前回あんなエントリを上げておきながら、反対から見ることが出来ていなかったことを猛省。
結局アンケートはやりませんでしたが…

2011年1月15日土曜日

自分の価値

納得する人と納得できない人がいるお話。
まあそんな考え方もあるよねっていう程度に読んでもらえれば。

人の価値は何によって決めることが出来るのか?
仕事においては報酬を1つの基準とすることが出来る。要は収入。
例えば自分の給料が総支給額で20万だったとする。税金や年金や保険料を引かれると手取りは15万くらいだろうか?
大まかに一月の勤務日数を20日、1日の労働時間を8時間とすると労働時間は160時間(8×20)。
先の手取り所得が15万だと計算しにくいから16万にして先の給料から労働時間の160時間を割ると時給は1000円。総支給であれば1250円。
時給で給与計算されるアルバイトの場合、労働時間×時給で給料が決まるが、所得税などはここから引かれるので、この計算式で求められるのは総支給額。これに合わせると先の時給は1250円で考えるのが妥当だろう。

ではこの人の価値は時間当たり1250円なのか?
これはYesでありNoである。
IT業界では間に入る会社の数は違えど発注元企業→請負元→中小企業→零細企業といった感じで仕事が出てくることが多いと思う。あ、でも今だと孫受けは禁止されてるかな?
上記発注の流れの中で各企業への発注・受注
さて、この総支給額20万円の人を上記にある受注の流れの中の零細企業が雇っていたとしよう。おおまかなお金の流れはこんな感じ。

  • 零細企業が受注する場合の人月単価が50万
  • 中小企業は請負元から70万で受注
  • 請負元は発注元から100万で受注

※これはあくまでも例で実際にはもっと中間搾取が少ない場合多い場合もあるでしょう。

給料を貰う人からすれば腹立たしい話かもしれない。なんせ自分の給料の5倍のカネが動くわけだ。自分の労働に対して100万の金が動いているのに80万、4/5は自分の見えないところで動いている、吸い取られているのだから。

先にも書いたとおり、この人は20万、手取りで15万程度の金しかもらっていない。だから自分の1時間の価値はおよそ1000円程度だと思っても無理はない。
しかし、その人がいなければ市場で動く金が一月に100万変わる。そういう見方をすると自分の価値は100万÷160時間で6250円。大まかに5000円だとしても一番安く見た場合と比べて5倍違う。
考え方を変えたからと言って所得が変わるわけでもないけれど、自分の価値は6250円あると思った方が自分に誇りが持てるんじゃないか?
そういう考え方もあると思う。

なお、何故給料が20万なのに自社が50万で請け負うのか?中間に入った会社は何故マージンを取るのか、そういった話は割愛してます。

※ 時間やら金額やらが適当だったり変えて計算してますが、ここでの金額は重要ではないので単に計算しやすくするためであり作為的なものではないです。

2011年1月13日木曜日

Are you Korean?

六本木でポン引きの黒人に突然言われた。
なんでそう思ったか聞いたら顔が韓国人ぽいって。
お前の務めるおっパブなんか行くもんか!