2011年6月28日火曜日

2.0

最近は見なくなったが、恐らくWeb2.0とかいう言葉がもてはやされていた時から暫くの間「なんちゃら2.0」なんていう表現をよく目にしたと思う。
僕の感性からするとお寒い。なんか流行ってる言葉を安易に使うとか、堂々と恥ずかしげも無くやれる感性はある意味見習いたいと思うが、そんなことしなくても生きていられるうちはやらないだろうな…ってことは一生やらんか。

以前「営業2.0」なんて記述を見たときにも鳥肌がたったが、今度は「人間2.0」とかね…まぁその文献は一年以上前のものだが、それでも2010年。よく使ったもんだ。
文章の内容はさっと読んだだけなので誤解しているかもしれないが、要は社会の変化が激しいからそれに合わせて人間も変わらなきゃねってなことで、先の言葉が出てきたんだと思う。
まぁ僕はそういう話を聞くたびに「冗談じゃない」って思っちゃうんだけど。

社会の変化が生活をより便利にする、その恩恵を享受するためには知識も得なければならないし、生活スタイルも変化する。それはいい。自分がそれを望むなら。
だが、望まぬとも生活は出来る。選択肢を無くして全ての人に変化を強要するならそれは独裁だ。
あ、地デジ…

僕は20代の頃から、金さえあれば田舎に引っ込んで仕事もせずに生活したいと思っている。出来れば川の水がそのまま飲めるくらいの田舎で。もし、生活を便利にするために生活スタイルの変化を強要されるなら、恐らく僕のそんな理想すら叶えられなくなるだろう(まぁ永遠に経済的に無理というのはおいといて)。

で、まぁ、そんな言い方気にくわないねってのは兎も角として、じゃあ自分としても納得できる「2.0」って何かね?と思ってちょっと考えてみた

  • 結婚2.0(再婚)
  • 有罪2.0(再犯)
  • 処女2.0(五月みどり)
  • 加勢大周2.0(坂本一生)

ヌード写真を披露したホリエモンを「人間2.0」と言うなら何となく寒くないというか腹が立たないというか納得。

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